番外編(日本)

大阪にある地獄

タイ人によって書かれる旅ブログでは、日本人さえ知らないかなりマニアックな観光スポットまで紹介されていて驚くことも多い。大阪は平野にある全興寺(せんこうじ)。このお寺のことが書かれているのを見たのも、タイ語のブログ記事だった。その後、朝日新聞でもUSJに次ぐ大阪の観光名所などと大々的に紹介されており(朝日新聞2018年1月24日の記事『訪日客が見た日本の「地獄」』参照)、かなりブームが来ているようだ。平野は中世から近世初期にかけて栄えた商業都市で、戦国時代には二重の堀をめぐらして集落を守ったことから環濠自治集落としても知られる。この大阪でも屈指の古い自治都市にあるのが地獄のパラダイスだ。

実をいうと、私はここで地獄をみせられながら育ったようなものだ。シュッとした人がたくさんいるカフェなどに耐えられなくなったのも、不思議スポットが大好きになってしまったのも、何より嘘をついたらすぐバレるようになったのも、幼少期の刷り込みが大いにあると思う。今は亡き母方の祖父母は、平野に住んでいた。当時池田に住んでいた私は、母がバーゲンという名の戦に出かけていくときはもちろんのこと、ほぼ毎週のように祖父母と過ごした。量り売りで煎餅や昆布を売っている店(大阪の人はおしゃぶり昆布が好き)で一番長い芋けんぴを一本もらうというのが楽しみだったのだが、その前には地獄に連れて行かれることが多かった。

暗いお堂の中、閻魔様の前にあるドラを鳴らすと、斜め上の方向でおもむろにビデオが始まる(ここでまずチビりそうになる)。人間は死んだらこの世でやらかした悪事が全部さらされるんやで、という趣旨のことをおっさんの声が語りかけてくる。そして、悪事のタイプごとに、対応するあの世での地獄が紹介されていく。嘘をつけば舌を抜かれる、など。拷問としか思えない10分間を過ごして(記憶では小学校の4年生くらいまでは)半泣き状態でお堂を後にしたものだった。思い出すほど、懐かしさにいてもたってもいられず、山本氏を引きずって地獄に行くことにした。

老けた鬼

地獄は、まだあのまま残っているのだろうか。新聞記事を見る限り、閻魔様や鬼たちは往時の姿を保っている様子だ。山本氏と大阪メトロの平野駅で待ち合わせをして、全興寺へと向かった。平野の商店街は、閑散としていた。めずらしく若い男女がたくさん歩いているなと思ったら、ベトナムの人達だった。商店街を突き進んでいくと、見覚えのある提灯が見えてきた。そうだった、ここは地獄寺ではなかったのだ。地獄の記憶が強すぎて忘れていたが、全興寺はお不動さんの寺だった。全興寺は、水をかけて願いごとをすると叶う(良くなる)といわれる水かけ不動尊で知られている。そこで迷わず頭に水をかけて、先に進んだ。

西女史に連れられての初平野。地獄を擁す街とは思えない呑気さである。
この街で育てばシュッとした人で溢れるカフェに居心地の悪さを感じるのもうなずける。(山)

昔はお金など払わなくてよかったが、観光客が増えた今、地獄へのチケットが売られるようになっていた(100円)。聞いたところによると、2019年の12月から閻魔様のもとに向かう前に自動扉をつけ、表にQRコードリーダーを置いたようだ。チケットに印刷されたQRコードを入口でかざすと、地獄への扉が開くようになっている。また、地獄堂の入り口には、地獄度を判定することができるチェック表がある。質問に答えていくと、自分が地獄に落ちる可能性がどのくらいあるのかを教えてくれる。

地獄への道に書かれている内容のほうが圧倒的に共感できて辛い。
地獄行きが決定した人間への救いはゼロである。(山)

いよいよ閻魔様との再会である。目の前に姿を現した閻魔様は、つやつやしていた。ドラをたたくのも変わっていない。横にでかいペンチを持った鬼がいるのも同じだが、鬼の方は髪の毛がもつれていて心なしか老けたように見えた。ドラをたたくと右上の鏡に、お面が出てきて話を始めた。人は死んだらあの世で裁きを受ける、というストーリーは昔のままだ。地獄絵図に阿鼻叫喚、あの時はただただ恐ろしかった映像だが、大人になってみると全く印象が違う。これは良い行いをしなさいという脅迫というよりかは、命を大事にしなさい、というメッセージだった。ずっと昔からあると思っていたけれど、地獄堂が作られたのもおよそ30年前、いじめや自殺が問題になっていた頃だった。

仏の国にもいける

全興寺は地獄堂ばかりもてはやされるが、仏の国にも行ける。ほとけのくに、と書かれたコンクリートの塹壕のようなものが地獄堂を通り過ぎて境内をさらに奥に向かうと見えてくる。ほとけのいのちにつつまれるという標語を横目に、地下に向かって進む(こっちの方が地獄堂より怖いかもしれない)。薄暗い地下では、床からステンドグラス曼陀羅がぼうっと怪しい光を出していた。これは踏んでいいんか、あかんのか、という逡巡をする。どう考えてもみんな靴で踏んでそうやけど、地獄堂で善い行いをすることを言い聞かされたばかりなので靴を脱ぐことにした。水の滴る音に包まれながら、瞑想などをすることもできるようだ。といっても、アトラクション的に楽しい仕掛けはないし、不気味だったのですぐに出た。実際、訪れる人のほとんどが素通りしていく。

全興寺にはその他、駄菓子屋さん博物館、地獄の釜の音が聞ける穴、飼い主より先に御浄土に旅立って行った動物たちのために花々で飾られた祠(ここはかなりグッとくる)など、そこまで大きくない境内には、これでもかというほど見どころが満載である。全興寺の横には、本物の駄菓子を売っている駄菓子屋さんがあり、土日になると昔ながらの縁日が開かれている。平野は全興寺だけではなく、町全体を博物館にするというコンセプトのもとで町中に面白い仕掛けを作っている。平野を訪れる時には、まわってみるのも良いかもしれない。「平野町ぐるみ博物館」の地図は以下のサイトからアクセスできる。その名も、おもろいで平野。http://www.omoroide.com/index_em.html

おそらく右の祠には、湯呑で隠れているが、「わんにゃん堂」と書かれている。(山)

(文:西 直美、写真:山本 文子)

全興寺への行き方

JR平野駅、大阪メトロ平野駅からそれぞれ徒歩12分程度

お参りは朝7時頃から午後5時頃まで。

全興寺ウェブサイトhttp://www.senkouji.net/

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