タイ南部国境県, フィールドワーク四方山話

電話の向こうのあなたは誰

たいへん便利な世の中になったもので、スマートフォンのアプリを通して値段を気にすることなく、海外にいる相手と電話ができるようになった。日本にいることが増えると、とくに有難味を感じると同時に戸惑うこともしばしばだ。思い返してみると、現地に滞在していた頃もそういうことがよくあった。先方と話をしていてまったく話がかみ合わず、通じないのである。自分の言語能力の問題もあるのだけれど、いつもと様子が違うなと思ったら、たいていその携帯電話の持主の子供、あるいはその電話機の近くにたまたまいた親族が応対しているのだ。

私が幼い頃にはスマートフォンはなく、ずいぶん大きくなるまでガラケーというタイプが主流だった。最近の子どもは、赤ちゃんの頃からスマホやパソコンの画面を眺めて過ごしているので、言葉を覚える前にすでにどこをタッチ(クリックでさえない)したらYouTubeが開くのかを知っている。動けるようになった赤ちゃんがその次に身に着ける動作は、スマホの画面のタッチという光景を何度も見た。

タイ南部国境地域は、大家族が多い。加えて、タイ国内でも(GDPが低いという意味において)貧しい地域である。携帯電話は、大人の間でも共有されていることがあった。最近では、携帯が安価になって手が届きやすくなったので、大人は一人一台持っていることが多くなった。とはいえ、子供にスマホを買い与えている親は、田舎に行くほど皆無に近くなる。

モスクで写真撮影

スマホ争奪戦

子供たちが静かにしているな、と思ったらだいたいスマホでゲームをしている。自分は、ゲームといえば、パソコンに装備されていたソリティア、あるいは友達の家にあったファミコンでスーパーマリオブラザーズくらいしかしたことがなかった。現地で、小学生、中学生くらいの子供が、母親の携帯をめぐってはたきあっている光景はいまや日常である。

私が滞在しているときは、彼らにとっては利用できるスマホの台数が増えるということになる。家の子供が、すりすりと寄ってきて、鼻にかかった甘い声でカッ・ナーオーミッと言ってくるときはスマホを貸してほしい時かおやつを買ってほしい時だ。普段は呼び捨てなのに、こういう時にかぎってマレー語でお姉さんを意味するKakをつけたりする。貸さないと小さい人たちの間で戦争が始まって、手が付けられなくなることもしばしばだ。平和を愛する私は(というよりうるさすぎるので)、ついつい貸してしまう。

さて、首尾よくスマホを手にしたものの、電話がかかってきた場合、子供たちはどのように行動するのだろうか。一時的にしか滞在しない、加えて、お仕事の電話がくるかもしれないからね、ときつく言ってある私のような場合は、子供は連絡が入った瞬間にゲームを中断して持ってきてくれる。しかし母親の携帯を利用していて、しかも母親が買い物に行っている最中だったりすると、彼らは電話がきても無視するか、切ってしまうことだってある。ものすごい勢いで何度も電話がかかってくるときなどは、しぶしぶ電話に出てお母さんは今市場にいるので、後でかけなおしますということを先方に伝えている。

誰が話している?

小さいころからよく知っている子供に、ゲームばかりしていたらいかんよ、と偉そうに説教めいたことを言ったことがある。目にも、脳にも悪いよと。すると当時11歳の子供は、ゲームも頭を使わなくてはできないものだ、ゲームを上手にプレーできるというのは能力の向上ともつながっていると返してきた。確かに観察していると、ずいぶん頭を使うゲームが増えているようだし、その子は実際とても頭が良い。携帯電話の本分とはまず電話をさせることである、ゲームはやりすぎるとアホになるという雰囲気で育ってきた私にとっては、もはや未知の世界で、目を開かされることも多い。

携帯に勝手に(加工済みの状態で)保存されていた写真

彼らは頭を使って、私の子供時代とは比べ物にならないほど進化したかしこい携帯を使ってゲームに没頭し、日々研鑽しているのは理解した。けれども、用事があるのに電話を切られたらかなわない。携帯電話を置いて外出する大人たちにも、それでは携帯できることの意味がないといいたい。挙句の果てに、電話に誰かが出てきたとしても、番号もしくはアカウントの持ち主が話しているのかわからないときた。これでは、うかうかものを話すことができない。電話をしたら、まず誰が話しているのかを見極める必要があるのだ。

これまで幾度も確認を怠ったため、大変だ~とか、疲れたもうやだ~みたいな発言を子供に向けてしてしまったことがあり、私の威厳は失墜している。電話だけなくて、大人に向けて発信したダイレクトメッセージも、確実に本人以外が読んでいるだろう。電話をかけ、メッセージを入れ、既読がついたけれどまったく電話をかけなおしてこないときなどは、かなりの確率でゲーム中かYouTube視聴中の子供が確認しているとみて間違いない。読んでいる子供はそんなに気にしてなさそうだとはいえ、込み入った話はメッセージしないこと、そして誰かに電話をするときは念のために、あなたは〇〇さんですか、〇〇さんの電話番号で間違いないですかと確認をすることをおすすめしたい。

(文:西 直美)

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