フィールドワーク四方山話, ミャンマー

タトゥー天国(前編)

ヤンゴンのタトゥー事情

ヤンゴンを徘徊していて目に付くのは、タトゥー(刺青)を入れている人の多さである。隣国タイもタトゥー天国で有名だが、ミャンマーも追いつけ追い越せ(?)とばかりにタトゥー文化が花開いている。ヤンゴンで活躍する若いタトゥーアーティストの多くはバンコクで修業してきたという話も聞く。

私がはじめてタトゥーに興味を持つようになったのは中学生時代である。ロックアーティストの川村カオリの影響だった。二の腕に入った鳳凰のタトゥーがとにかくカッコよく見えた(中学生時代の私は傍から見るとタトゥーなどとは一切無縁のガリ勉タイプで、まさかそんなことを考えているとは誰も思わなかっただろう)。その後自分がタトゥーを入れるという発想はないわけではなかったが(記憶がどんどん失われていく主人公が大事なことを忘れないように、自身の体にタトゥーを(しかも鏡に映った時に読めるように反転させて)彫っていくという映画『メメント』はタトゥー熱を再燃させたが)、どうやら今のところ私にはタトゥーを入れたい願望はなく、他人のタトゥーを愛でることのほうが楽しいようである。

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感想(1件)

そんな性癖の持ち主である私にとってミャンマーはパラダイスだ。多くは男性なのだが、お坊さんも入れているし、若者、年配者問わず、腕、肩、背中、ふくらはぎ等々、とにかく何かしら彫ってある。ワンポイントから背中一面まで、図柄や場所、範囲はさまざまである。しかも亜熱帯のヤンゴン、男性は基本的にランニング、はたまた上半身裸でうろついていることが多く、みな見せたい放題である。

   

すべて2016年以前であるため男性が多い。指に入れているのは自分のイニシャルだという。
自分の名前を彫る人は多い。一番左のものはおそらく西洋風のタトゥーである。
それ以外は小さなものが多く、すべて単色である。


できることなら全員に声をかけて、タトゥーの全貌を見せてもらい、写真に納めたいところだが、女性の私が男性に声をかけて、場合によっては服を脱いでもらうというのはなかなかハードルが高く、一歩間違えば変態行為みたいになってしまうので、ぐっと我慢している。いや、何度か試してみたが、男性たちが、なんだこの女?という訝し気な表情を隠しきれないのが伝わってきて、変な空気になることが多かった。しかしいずれは良いカメラできちんと納めて写真集を出したいと密かに計画を温めている。

タトゥー大好き文化の極めつけとでも言おうか、パゴダ祭りの居並ぶ露店に交じって臨時の野外タトゥー屋が出ていたときには目を疑った。すぐそばをバイクなどがブンブン走り、砂埃が舞うなかで、酔っ払った若者たちが、ノリでタトゥーを彫ってもらっていた。パーテーションのようなもので隣の露店(下着屋とかカーテン屋とか)と区切ってあり、そこにデザイン画が所狭しと飾られていた。基本的にはトライバルなどのいかにも西洋のタトゥーといったイカツめなデザインが多かったように記憶している。そこでパッと目に付いたデザインを選んで、その場で彫ってもらうというめちゃくちゃ軽いノリである。

若い女性に広がるタトゥー

さて、そんなタトゥーだが、最近では男性だけでなく若い女性まで入れるようになっており、タトゥーウォッチャーとしてはさらに忙しく、うれしい悲鳴をあげているところである。しかも彼女たちは露出度の高い服でそれを見せびらかしている始末である(日本で言うところのギャル)。

私が滞在していたころはちょうど民政移管(2011年3月)の前後で、社会の雰囲気はそれまでの軍事政権時代と変わらなかった。露出度が高い服装は淫乱の象徴であり、ミャンマー文化を汚すという保守的な価値観が根強く、たとえば映画では胸元が少し開いているだけでその部分だけモザイクがかかるほどだった。街ゆく女性たちも、露出を抑えた伝統衣装を好む奥ゆかしい女性の方が圧倒的に多かった(その割に伝統衣装は身体にぴったりしており、肌見せはNGだが体のラインを強調することはOKという謎)。

しかし、民政移管以降、海外の文化が一気に流入するなかで、女性たちのファッションや性への意識は大きく変容し、かつてはほぼ皆無だったグラビアアイドルが激増、しかも体中にタトゥーを刻むようになった。

若い女性のタトゥーと言うと、真っ先に思い浮かぶのが女優のプェプェだ。彼女はグラビアアイドルではないが、かなり早い段階から肩にタトゥーを入れていて、それがきれいに見えるような服を好んで着ていた。彼女が若い女性のタトゥー第一人者と言っても過言ではないだろう。アカデミー賞で主演女優賞も獲る実力派女優だが、同時に伝統的な価値観に囚われない自由奔放なイメージも強く、若者からの支持も高い。

プェプェを筆頭に徐々に若い女性のあいだでタトゥー熱は盛り上がり、それはSNSの浸透と軌を一にしていた。つまり、フェイスブックやインスタグラムが彼女たちにとって格好のアピールの場となっていったのだ。女優でグラビアアイドル(?)のティンザーウィンチョーは、インスタグラムでそのボンキュッボン(死語)の体に彫られたタトゥーを惜しげもなく披露している。インスタグラムのフォロワー数は先日とうとう100万人に達した。勝手に100万人突破記念のお祝いをしようかしらん。


(つづく)

(文:山本文子)

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