トルコ, フィールドワーク四方山話

トルコから持って帰りたかったもの

関空から12時間もの長いフライトを経てやっと着いたトルコ。リムジンバスの車窓から真っ先に探すものがあります。それは、ベランダに干された数々の洗濯物です。洗濯物を眺めるとトルコの日常に身を置いていることを実感します。

洗濯物を眺めながら、沸々と湧いてくるのは、あの複雑な機能の洗濯機を使いこなしているという尊敬の念です。そして、洗濯機のある思い出がよみがえってきます。そう、私が持って帰りたかったもの――それはトルコの洗濯機なのです。

イスタンブールには、これまで2回長期滞在をしたことがあります。最初に滞在した頃は、家具無しの72平米2LDKでした。そのころはトルコリラが高く1トルコリラ100円で家賃は750リラ(75000円)でした。冷蔵庫、ガスコンロ、机、いすを買ったため洗濯機にまでは経済的に手が出ませんでした。洗濯物を手で洗うのはそれほど大変ではなかったのですが、脱水に非常に難儀した経験があります。大きな洗濯物(シーツなど)を洗う際には、近所のトルコ人に頼んで洗ってもらっていました。2回目に滞在していたころは、トルコリラは下がり1リラ50円でした(ちなみに今は1トルコリラ12.8円)72平米くらいで2LDK、月1300リラで約65000円でした。念願の洗濯機がついており、初めてトルコの洗濯機を使用することになったのです。トルコの洗濯機は、一般にドラム式洗濯機です。トイレとお風呂が一緒になった場所に洗濯機を置いている家もありますが、台所の流しの下に洗濯機を置いている家もあります。ちょっと日本では考えられない「水回り」です。

「なんじゃこりゃ~!」。さっそく洗濯機を使おうとするとトルコの洗濯機の複雑な設定に混乱してしまいました。手洗い、カーテン、ウール、毛布のほかに訳の分からないマーク渦巻模様、雲の模様のようなマークなどがありヒエログリフにしかみえません。色々調節できるようになっています。

複雑な設定の洗濯機(https://ikincielbeyazesya.istanbul/

温度も水、20度、30度、40度、50度、60度、70度、80度、90度と設定できるようになっており(なぜこんなに細かく10度刻みなのだろう)、時短、30分、1時間、標準など時間設定も様々です。ウールなど、30度くらいで洗うといいことは分かりますが、80度、90度で洗う洗濯物の想像がつきません。細かいことをあまり言わないトルコ人ですが、清潔にはうるさいトルコ人の気質がよく現れています。トルコの友人に聞いて使うことにしました。白いカーテンなど洗う時に60度や90度くらいにするようです。さっそく、部屋にある白いカーテンを90度で標準時間で洗うように設定しました。蓋を占めてゴロゴロと音を立てて回転しだし、蓋には水しぶきが跳ねているのが見えてわくわくします。とっても外国生活をしている気分になります。洗濯時間は標準と設定しましたが、異様に長いのです。標準で1時間50分くらいかかります。しかし、90度で洗うと、なんと漂白剤をつけたように真っ白になりました。この経験以来、きれいに洗えるトルコの洗濯機のとりこになりました。

こうして、洗濯機を楽しんでいたのも束の間、2、3回洗濯機を使うと洗濯機の下から水が漏れ始め、台所が水浸しになってしまいました。洗濯機の電気コードを引き抜くまで、感電するのではないかと恐怖でいっぱいでした。大家さんに洗濯機から水漏れがするので、頼んで修理をしてもらったのですが、やっぱり2、3回洗濯機を使うと水漏れがします。しかも、水漏れがどんどんはげしくなり、下の階の部屋まで水が漏れていたようで、下の階の人からクレームがきました。どういう構造のアパートになっているのかと恐ろしくなりましたが、まずは、洗濯機をなんとかせねばなりません。

ベコのドラム式洗濯機(https://ikincielbeyazesya.istanbul/

あこがれのドラム式洗濯機

大家さんに下の階からクレームがきているというと「そんなのほっとけばいい」とつれない返事。新しい洗濯機を買ってほしいと懇願しましたが、画家の大家さんは自分の展覧会で大枚をはたいてしまい、金欠だという始末。何度も懇願しましたが、首を縦に振ってくれません。我慢比べのようになり、結局、私の方が根負けし、大家さんの承諾を得て新品の洗濯機を買うことにしました。私がトルコに離れる時に、友人のウイグル人が半額で洗濯機を買ってくれるということも後押しになりました。

トルコの家電メーカーは、ベコ(Beko)、アルチェリッキ(arçelik)などあります。ドイツのメーカーBOSCHなども人気です。せっかくトルコにいるのだからトルコのメーカーの洗濯機を買いたいです。お店に行くとベコ、アルチェリッキどちらの洗濯機もよさげで、迷いました。かっぷくのよい店主に「ベコとアルチェリッキはメーカーとしてどう違うの?」と聞いてみると、店主が「ベコもアルチェリッキも結局は同じ洗濯機だ。大して違いはない。」とひとこと。つづいて店主は、「ベコは、海外進出できたが、アルチェリッキは海外進出できなかったんだ。なぜだか分かるか?」私「性能が悪いから?」。店主「いいや。アルチェリッキ(arçelik)にはな、Ç(チ)があるだろう。Çは、外国人には読めないからな。だからブランドとして海外進出できなかったんだ」。私「おっさん、冗談で言ってるのかな。ここでウケたように笑ってあげた方がいいのかな。ほんまなのかな・・」。とあきれながらあたりを見回すと、ふと目についたのは、各洗濯機の広告についていた700とか1200などの数字でした。店主に聞くと値段ではなくて、脱水の回転数によっても値段が違うということでした。400、500、600、700回転といったように脱水の最高の回転数が多ければ多いほど、値段に反映されます。結局、私は、少量の洗濯物しか洗わないので、一番安いBEKO(記憶では600リラくらい30000円くらい)の洗濯機を買いました。流しの下に置かれた新しい洗濯機。さっそく、家のありとあらゆる布製品を洗濯機に入れて洗いまくりました。シーツ、カーテンを高温で洗うととても衛生的に感じられます。そして、輝く白さに興奮を覚えます。

大家さんに根負けしてしまったことは、少し残念でしたが、自分の洗濯機をトルコで持っていたということが、今でもなつかしく思います。帰国し、日本の洗濯機を使ってみると、ゴロゴロと音を立てない静かな洗濯機が少し物足りなく感じます。大きくて頼りがいのあるトルコの洗濯機。トルコの思い出とともに持って帰りたかったです。

(中屋昌子)

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