フィールドワーク四方山話, ミャンマー

アイアンクロスについて

ミャンマーの超人気ロックバンド、アイアンクロス(Iron Corss)。以前ミャンマー・ポップスを紹介したときにも、何度が名前が出てきたバンドである。ミャンマーでは略してICと呼ばれるので、ここでもICと呼ぶことにする。1991年に本格的に活動を開始。今年で活動歴30年の大御所バンドになる。ミャンマーでの人気は絶大で、老若男女問わず愛されている、国民的ロックバンドである1。調査当時20代後半だった私の女友達も、普段から音楽をよく聴くというタイプでもないのに、ICは好きだった。とくにボーカルの一人であるレーピューが好きだと言っていた。

ミャンマーにはたくさんバンドが存在しているが、ICの人気の高さは他から突出していた。ぱっと見た感じはほんわかしたおじさん集団だが、なぜこんなにもICはミャンマー人に支持されているのだろうか。いくつか参考になるネット記事があったので、それらに依拠しつつ、彼らの人気の理由を探る。

ICとは

The Irrawaddyの記事「From Rock To Romance」より拝借。
海外アーティストへの憧れから、みなTシャツにGパンで、中には長髪の人も。
長髪は最近は増えていると思うが、ミャンマーでは珍しい。

まずはICの成り立ちとメンバーについて見ていきたい。ICの根っこにあるのは、デヴィッド・ヨン・モーという人物が1974年に設立した「ミャンマー・ヤング・クルセダーズ」という団体である2。薬物中毒のリハビリなどの慈善事業やギターのレッスンを主な活動内容としており、チンサンマウンはここで、当時薬物のリハビリ中で、後にギターの師となるカレン人キリスト教徒ソーブェフムと出会う3。チンサンマウンは彼の勧めでプロのギタリストへの道を歩み始め、当初2人は別々のバンドでギタリストとして活動していた。

その後1990年、どういう経緯かはわからないが、ソーブェフムと弟子チンサンマウンの2人でIron Crossというバンド(というかプロジェクト?)を開始する。翌1991年にベースのキンタウンマウン、ドラムのカーヤン、キーボードのバニャーナインが参加。フロントマンのソーブェフムが1994年に他界し、現在の四人体制(楽器部分)となった。なお、結成以来ギタリストとして活躍するチンサンマウンは、そのぽってりとした愛らしい見た目とは裏腹に世界屈指の超絶ギターテクの持ち主として知られ、ギター少年たちのヒーローである。

ボーカル陣は、レーピュー、アーゲー、ミョーヂー、ワインワインの4人。かつてはアーザニーも所属していたようだが、wikipediaでは元メンバー扱いになっていた。みんな大人気の男性ボーカリストである。歌唱力はさることながら、それぞれキャラが違うところがICの強みだろう。

ICは、この楽器担当部分(ギター、ベース、ドラム、キーボード)4人とボーカル4人という、少々風変わりな構成の大御所バンドである。ボーカル4人は常に一緒に歌うわけではなく、「ボーカル1人+楽器担当部分」が基本形である。CDはボーカルのソロアルバムとしてリリースされ、サポートバンド的な意味合いでジャケットに小さくIron Crossと書かれる。

数年前にスーパーで購入したミョーヂーの11枚目のソロアルバム『変化』(2015)
左上の赤文字がミョーヂー。左下に白文字でIron Crossと書いてある。
左手には十字架。彼がクリスチャンなのは有名。
ハードロックの名盤『ブリザード・オブ・オズ』を想起させるという声も。
(これがたしかに似ているのだ)

音楽的には外国のハードロックがベースになっている。ブラック・サバス、スコーピオンズ、ヴァン・ヘイレン、メタリカ、エアロスミスなどなど。ハードロックに詳しくない私でも、ICの曲を聞いているとどこかで聞いたような…ということがときどきある。ICは海外ロックのカバーから始まり、その後は自分たちでも楽曲制作を行っている。

2018 IC 年越しコンサート。ミャンマー最高のボーカルたちが集まる贅沢なステージである。
前回紹介したミョーヂーのコンサートもそうだが、ICは男性からの熱烈な支持を受けている。
「男らしさ」の象徴なのかもしれない。

庶民の味方

ICの魅力の一つは、その堅実な音楽技術もさることながら、庶民の味方であるというところにあるようだ。長いものに巻かれないから人々は彼らを安心して信じられる。

ICは現在も活動を続けているが、彼らが活躍した1990年代~はまさにどん底の、軍事政権の抑圧下である。1987年には後発途上国(最貧国)認定され、1988年に大規模な民主化運動が起きたが、暴力によって封じ込められている。アウンサンスーチーは1989年から軟禁状態に置かれ、1990年の総選挙では国民民主連盟が大勝したにも関わらずその結果は無視された。芸術作品に対する検閲はさらに厳しくなり、少しでも反政府的な発言をすれば、街中に紛れ込んでいる私服警察に逮捕されるという状況である。このような希望のない生活の中で、ICの存在は人びとにとって大きかった。

反権力に関しては、レーピューに関するエピソードが一番多い。レーピューの1stアルバム「Power 54」の「54」という数字がアウンサンスーチーの住所の暗示ではないか、ということが取りざたされた。本人は否定しているが、実際のところはわからない4。また、軍事政権時代、政治家の一人から息子の結婚式で歌を歌ってほしいと依頼を受けたが、それも断ったとも伝わっている5

こうしたエピソードから、人々はレーピューに「抵抗」のイメージを重ねており、彼の人気は絶大である。それを好ましく思わない政府は彼の活動を禁止したこともある。ただしICから逮捕者が出ていないのは、先述したように、軍側の息子たちにもICのファンが多いからだという説もある6

Lay Phyuのソロアルバム『BOB(Bay of Bengal)』(2008)収録。
タイトルの「タンヨーズィン」は男女や友人、家族、
親子すべてのあいだにある「愛情」や「絆」という意味。

次のエピソードも国民の味方ICらしい。2008年には巨大サイクロン「ナルギス」がミャンマー南部を襲った。このとき各国からの食糧の支援が現地に届かず、実際は政府が独り占めしていたということが起こった。ICはすぐさま被災者たちの支援に立ち上がり、チャリティーコンサートを行っている。ミャンマーのコンサートでは過去最大の5万人が集まり、10万ドル(日本円で約1000万円)を集めたそうだ7

その後民主化の道を歩み始めたのもつかの間、再び総選挙の結果が反故にされるという事態が起きているのが現在である。今のところICの動向は不明だが、彼らにも注目してニュースを追いたい。

世界に散らばるミャンマー人をつなぐ

軍事政権下のミャンマーからは多くの人びとが国外へと脱出している。ミャンマー人ディアスポラである。海外へ亡命した政治活動家や、内戦状態から逃げてきた少数民族の人びと、経済的安定を求める経済移民などである。数年単位で母国に戻る出稼ぎ民も多い。以前少し紹介したように、日本に出稼ぎに来るミャンマー人も多く、そのほか韓国、中東にも働きに出ている。もっともミャンマー人が多く移住しているのはタイやマレーシアで、そのほかオーストラリアやアメリカにもミャンマー人コミュニティがある。珍しいところだと、ドイツにもミャンマー人が移住している(過去記事)。

ICはこうしたディアスポラのコミュニティを訪問し、コンサートを行っている。過去には、ヨーロッパ、アメリカ、韓国、シンガポールを巡るワールド・ツアーを行っている。たとえば2012年には、ニューヨーク、LA、サンフランシスコ、ダラスを含む7か所で米国ツアーを行ったそうだ8

2012年全米ツアーのフライヤー。女性ヴォーカル?が増えている!

ICは2013年にはタイツアーを行っている。タイ・ミャンマー国境のメーソートには、タイ最大のミャンマー人コミュニティがあり、そこでのコンサートには数千人のミャンマー人が集まった9

彼らほど世界中を飛び回っているミャンマーのバンドはいないだろう。世界中のミャンマー人コミュニティが彼らの音楽を生で聴きたい願い、ICを招待しているということである。ICの存在がミャンマー人ディアスポラを結び付けていると言っても過言ではない。ICはミャンマー人の誇りであり、拠り所になっている。音楽の力というものをあらためて感じる。

今回は新聞記事等を参考にICの魅力を紹介した。ただ、情報がいささか古いところが気になっている。また本来ならICの歌の歌詞もきちんと吟味して、ICがいかにミャンマー人の心の拠り所になっているかを考察したいところである。いずれにしても、今後も追いかけていきたい。


  1. ICのほかに人気ロックバンドとして名前が挙がるのがThe Emperorである。私はほとんど彼らの曲を聴いたことがないが、いろいろ調べているとこちらも有名バンドのようなので、また調べたい。
  2. 創設者デヴィッド・ヨン・モーはチンサンマウンの義父?(注3のMYANMOREの記事)。創設者については『Never Say Die: The Story of David Yone Mo and the Myanmar Young Crusaders』(2009)という本があるようだ。医者か技師になってほしいと願う親を裏切ってストリート・ギャングへと成長したデヴィッドは重度のヘロイン中毒になってしまうが、神に救われたことを契機に牧師へと転身。慈善団体を設立し、自身の経験から薬物中毒者やエイズ患者などを支援するようになったという。日本でもときどき元極道の聖職者がいるのでそれに近いと思う。
  3. https://www.myanmore.com/2015/07/the-sounds-of-iron-cross/MYANMOREの記事によれば、ソーブェフムは元々Success and Symphonyというバンドでギターを弾いていた。のちに弟子とともにICを結成。バンドの活動場所の一つはキリスト教徒の教会であった。ミャンマーに限らず世界的に見ても、教会がポピュラー音楽の発展に果たした役割は大きいと考えられる。
  4. https://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=5396042
  5. https://nuvo.newsnirvana.com/music/the-music-of-dissent/article_7d49fc16-ee0a-577b-b0bd-2468ff26ece3.html
  6. https://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=5396042
  7. 注3MYAMOREの記事。
  8. https://www.irrawaddy.com/photo-essay/iron-cross-burmas-biggest-band-rocks-mae-sot.html
  9. 注8と同じ。

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