2004年以降、タイ深南部において、タイ政府と旧パタニ王国地域の解放と独立を求める運動側の対立が再燃した。パタニ王国は、現在のパッターニー、ヤラー、ナラーティワートの3つの県と隣接するソンクラー県の東南部を含む地域にかつて存在したスルタン王国である。1786年のタイによる侵攻で壊滅状態に陥ったのち、イスラーム教育の中心地としての名声は保ちつつも、政治的な衰退を余儀なくされた。旧パタニ王国地域は1901年に近代的な行政制度の構築を進めるタイに組み込まれ、マレー半島の植民地化を進めるイギリスとタイとの間で南部の国境が確定したのは1909年のことだった。中央集権的な近代国家タイのもとで周縁地域となり、南部国境県や深南部と呼ばれるようになった。
現在でも深南部の人口の8割近くが、パタニ・マレー語を母語とするムスリムである。都市部に住む若い世代のなかには、タイ語で教育を受けマレー語が十分に話せない者も増えてきたとはいえ、深南部の圧倒的多数を占める農村地域でパタニ・マレー語は日常的に用いられている。出身国であるタイより民族・宗教・文化的にもマレーシアとの共通点が多い深南部のマレー系ムスリムは、ナーユー(パタニ地域出身のマレー)としての帰属意識を維持してきた。タイ政府が統合政策を強化した1960年代以降、パタニの解放とタイからの分離独立を掲げる武装組織が結成され、世界のムスリム諸国からの支援を受けながら抵抗を続けてきた。とくに隣接するマレーシア北部ケランタン州は、パタニの闘争に対する共感が強い地域として知られる。マレーシアの独立後、マレーシア市民権を獲得するナーユーも増え、分離独立運動に直接的・間接的に関与してきた。分離独立運動の背後に存在すると疑われてきたのが、マレーシアにあるタイ料理店、通称トムヤム店であった1。
なぜ「トムヤム」なのか
1990年代から、とりわけ2000年代以降、トムヤム店がマレーシア全土で爆発的に増加した。ある40代後半のトムヤム店の男性オーナーは「1人やってきたら10人が来て次々とトムヤム店を開く。マレイシアン・ドリームのようなものだ」と言っていた2。労働許可証を所持して働くタイ人が15000人程度である一方で、マレーシア国内のタイ料理店は5000店舗近く、従業員は15万人に及ぶといわれている3。タイという言葉を使わず、トムヤムやトムヤムクンという言葉を使う理由は、彼らのほとんどが深南部出身のムスリムだからである。ケダイ・トムヤム(トムヤム店)というマレー語は、ハラールのタイ料理店を指して使われている。タイ国内のタイ料理と比べて味付けはかなり甘めだったが、トムヤムが絶対にあるという以外メニューのバリエーションはさまざまだった4。トムヤム店は下の写真のように独特のネオンを光らせているので、(ライトセーバーを思い出させるからだと思うが)スターウォーズショップなどと呼ぶ人もいるようだ。



論文や著作の刊行の目途はまだ立っていないが、筆者はかつて深南部とマレーシア国内の各州において、130名程度のマレーシアでの出稼ぎ経験があるムスリム女性にインタビューしたことがある。トムヤム店で働いた経験がある人々は、なぜトムヤムなのかという問いに対して、トムヤムが世界的に知られたタイ料理だからと答えた。それに加えて、多くの人がタイは仏教のイメージでハラールではないと思われるからとも言っていた。マレーシア人がタイという言葉を聞いて、ハラールでないとみなす傾向があるのかについては正直なところわからない。ただオゲ・シーエ(標準マレー語ではオラン・サヤーム。オラン・サヤームというと、マレーシアでは単純にタイ人やタイ国籍を持った人を意味する)という言葉は、深南部ではタイ人仏教徒を指して使われていることもあり、サヤームという言葉が自分たちに向けられることについてかなり違和感を持っていたことは確かである。ホワイトカラーのムスリムの中にはタイ出身であることを誇って「オラン・タイランド」だとマレーシア人に対して言っている者もいたが、トムヤム店の労働者は言葉がよく似ているケランタン出身だとごまかしていることもよくあった。
こうしたトムヤム店で働く人々について、政治の観点を踏まえて分析したのがスティポーン・ブンマークの一連の論文である。人類学的な調査に基づき、タイ出身のムスリムであることを活かして、タイの象徴でもあるトムヤムを戦略的に利用しながらマレーシアで生き延びるナーユーたちのエスニック・アイデンティティの重層性を論じている。マレーシアのトムヤム店を集中的に博士論文で扱った研究者で、英語で書かれた論文もあるので関心のある方はぜひ参照されたい5。スティポーンは、深南部の分離独立運動の主要な背景として指摘されてきたエスニック・アイデンティティに、移住者の視点から迫ろうとしたといえる。
トムヤム店と分離独立運動
タイ政府は、2004年以降、トムヤム店が分離独立派組織への資金提供をしているのではと疑うようになった。一方で、マレーシアのトムヤム店が増加するとともに、労働者による故郷への送金は無視できない額になっていた。タイ政府は疑念を持ちつつも、トムヤム店がもたらす相当規模の経済的利益を前に締め付けに向かうことは避け、マレーシア国内でのタイ人労働者の保護という形で関与しようとしてきた。
タイ深南部に関する研究は、タイ政府の同化・統合政策とマイノリティの抵抗運動に関するナショナルな観点からの研究がほとんどを占めており、拙著(2022)もそれに再イスラーム化やイスラーム復興の観点を加えて論じたに過ぎない6。深南部に滞在したことがある方であれば、どの地域にも、どの家族のなかにも、必ず1人はマレーシアへの出稼ぎ経験を持つ人がいるということに気が付くだろう。マレーシアに親戚がいる人もめずらしくない。昔からマレーシアへの出稼ぎはあったので、深南部出身のムスリム労働者に関する研究は存在する。ただ移民研究の議論の中心は、出稼ぎの目的や背景、出稼ぎの結果である経済的な成功に置かれている7。それらの研究成果でも、2000年代以降、季節労働が中心だった農業(米作やゴムのタッピング)と漁業、マレーシア国内にある工場への勤務、マレーシア人家庭のメイドといった職業ではなく、レストランにシフトしていく様子が記されている。
2012年、SBPAC(Southern Border Provinces Administrative Center: 南部国境県行政センター)長官を務めたタウィー・ソートソーン警察大佐が、マレーシア国内で働くタイ人の労働環境を改善するためにマレーシア政府に協力を要請している。その際トムヤム店の経営者らと面会したが、タウィーが分離独立派組織の一つであるPULO(Patani United Liberation Organisation:パタニ統一解放機構)指導者と会ったとメディアが報じたことで、問題化したことがあった8。タイ人やマレーシア人のなかには、トムヤム店が分離独立運動を背後で支えているという疑念をもって語る者がいる。しかし話をする機会があった労働者は、分離独立派組織についてせいぜい噂を聞いたことがあるという程度だった。実際のところ、どうなのだろう。
分離独立派組織の実態に直接アプローチした研究としては、タイ国内で収監された分離主義者へのインタビューをもとに組織構造を分析したヘルバルトの著作が代表的だ9。本書のなかで彼は、国境を接するマレーシアと行き来している戦闘員の存在に言及している。そもそも地下活動として展開しているわけで、タイ国内でさえ事件で死亡して初めてメンバーだったことを家族が知ったという話を聞いたくらいである。マレーシア国内での活動を実証できるのかも疑問であるし、和平対話が現在進行中という状況下で「研究」することは現実的ではない。ただ多くのナーユーがレストラン経営に関わっている現状からすると、分離主義をめぐる活動に直接的・間接的に関わっている人が全くいないという方が難しいだろう。
トランスナショナルな市民組織の展開
筆者に分離独立派組織の実態を調査する能力も気力もないが、聞き取りをするなかでマレーシア・トムヤム協会(Persatuan Tomyam Malaysia: Pertom)なる市民組織の存在を知った。Pertomは、経営者や従業員の相互扶助を主たる活動に据えながら、マレーシア政府や、タイ深南部の開発行政を担ってきたSBPAC、タイの政党や政治家とも関わりを持ってきたという。
Pertomについて、2000年代初頭からあったという情報が多かったとはいえ、いったい何年に設立されたのかについては今のところわからない。2024年の時点では、マレーシアのトムヤム協会はPertomのほかUkhwahとSahabaと呼ばれる組織に分裂しているらしいことがわかった(以降トムヤム協会を、これらすべてを含むトムヤム店のネットワークという意味で使いたい)。トムヤム協会のうちSahabaは、イスラーム復興運動の一つであるタブリーギー・ジャマアト10に参加するムスリムが指導的な役割を務めている。タブリーギー・ジャマアトは、タイ国内では政治から距離を取り、布教の旅を重視しているということもあって当局にはマークされていない。さらなる検証が必要ではあるが、組織の分裂は政治に対する距離感にも起因している。トムヤム協会の関係者は、マレーシアをベースに故郷である深南部との往来を続けており、マレーシア国内で不法就労がほとんどを占める深南部出身者の相互扶助とネットワークの構築を目指している。
トムヤム協会はもちろん武装組織ではなく、紛争解決や平和構築を専門とするNGOでもない。移民の相互扶助や生活環境の改善を目指して、ボトムアップ的に出現した組織であった。マレーシアで働く労働者のもたらす経済的利益と彼らの票を求めて、しだいにタイ側の政府機関や政治家がアプローチするようになった。国境を越えて活動する彼らの動きが、深南部の社会と政治に何らかの影響を与えていることは確かである。出身国の政治に対して国境を越えて直接的に、あるいはホスト国の政治機関を媒介に間接的に参加する形態のことを、社会学の用語でトランスナショナル政治と呼んでいる。トムヤム協会は、トランスナショナル政治の一形態だといえよう。
トムヤム協会が存在感を増すことが、深南部におけるさまざまなアクター間の力学や、深南部とバンコクの政治関係をどのように変え、タイとマレーシアの関係をどのように規定してきたのか。市民社会のレベルに根差しながら、国家に対して外部のダイナミズムを接続するトランスナショナルな観点は、国家権力の働き(ナショナル)でもなく、主権国家間関係の力学(インターナショナル)でもない視点から深南部をめぐる政治問題を考える一つの手掛かりになるはずだ。今後、さらに検討を進めていきたいと考えている。
- 本稿は、科研費・若手研究(課題番号24K21003)の支援を受けて行われた研究成果の一部です。オープンアクセスの学会誌が増えているとはいえ、一部しかアクセスできない媒体に論文が載せられていることもよくあります。査読のプロセスは数か月、長い場合は1年以上かかることがあり、必ずしもテーマに合った専門家から意見をもらえる訳ではありません。学内紀要は査読がないことが一般的です。四方山話というには内容は濃くなってしまいますが、研究成果を広くゆるく公開することができればという思いで執筆しました。専門家かどうかに関わらず、忌憚なくコメントをいただけるとうれしいです。
- 2023年3月インタビュー。
- Khamnuan Muansanong, Nisakon Klanarong, Muhamad Salebin, “Development and tendency of migration of the people in the southern border provinces of Thailand who migrated to Malaysia, Journal of Humanity and Social Sciences (2008), pp. 77-97
- 彼らの故郷である深南部には、カオヤム(ハーブで青く色付けしたご飯に野菜類をたっぷり乗せて食べるご飯サラダ)やゲーン・ヌア(牛肉スープ)、サテ(串焼き)、ブードゥ(魚を発酵させて作ったソース)、カオニャオ・プラムック(イカにもち米を詰めてココナッツミルクで煮た菓子)などムスリム地域特有の食文化もあるが、私たちが知っているタイ料理も普通に食べている。深南部はほかのタイ南部地域と違って、あまりスパイシーな味付けをしない。その彼らが、マレーシア人は甘くないといけないというのだから、全体的にかなり甘くて私は苦手だった。ちなみにトムヤムはマレーシアの中国系やインド系の店に進出するほど、マレーシアの食文化に浸透している。ママックと呼ばれるインド系ムスリムの店で、トムヤムクン(クンはエビ)というメニューを見たときにはのけぞった。しかしほぼ味のない少し唐辛子が入った甘いトマトスープ(エビなし)が出てきて、二度と頼むまいと思った記憶がある。トムヤム店によってバリエーションが異なっているとはいえ、プラー・サームロット(甘辛酸っぱい味のソースがかかった魚)やヌアデーン(赤い色のついた牛肉)、ソムタム、空心菜炒め、焼き飯類は定番メニューだった。日本人に人気のガパオやカオマンガイは、すべての店にあるというほどではなかった。タイに遊びに行くマレーシア人が増えた結果、最近は「本格的」なテイストになってきたと先述のトムヤム店主が言っていたが、まだまだ砂糖を入れすぎだと思う。
- Suttiporn Bunmak, “Immigrant Entrepreneurs: Migrant Social Networks of Tom Yam Restaurants in Malaysia”, Asian Political Science Review, Vol. 3, No. 1, (2019), pp. 1-11; “Tom Yum restaurants: An ethnic interplay in a Malaysian context”, Kasetsart Journal vol.34 (2013), pp.525-533.; “Migrant networks and gender issues among migrant nayu workers to Malaysia”, Journal of Ritsumeikan Social Sciences and Humanities Vol.6, (2013), pp. 23-39, ; “The role of migrant networks among Malay-Thai workers in Tom Yam restaurants in Malaysia, Humanities and Social Sciences, Vol. 28 No.1 (2011), pp.101-123. スティポーンの博士論文(2010)Migrant networks in Thailand and Malaysia: Irregular Nayu workers in Tom Yum restaurants in Kuala Lumpurもアクセスできる。トムヤム店で働く深南部のムスリムについては、Tuneda Michiko の博士論文”Navigating Life on the Border: Gender, Migration, and Identity in Malay Muslim Communities in Southern Thailand(2004)、Sroja Dorairajooの博士論文”No Fish in the Sea: Thai Malay Tactics of Negotiation in a Time of Scarcity”(2002)の一部でも扱われている。
- 拙著『イスラーム改革派と社会統合:タイ深南部におけるマレー・ナショナリズムの変容』慶應義塾大学出版会(2022)について、一生懸命まとめたことは事実であり、記録としての価値は十分にあると自負しているが、分析が非常に中途半端だという自覚はある。トランスナショナルな市民組織の研究を通して、この点を改善できたらと思う。
- 例えば、Aree Jampaklay, “Diversity of migration among Muslims in the three southern provinces who move to Malaysia”, IPSR publication number 447 (2015), Aree Jampaklay、Katheleen Ford, Apichat Chamratrithirong, “How does Unrest affect Migration? Evidence from the three southernmost provinces of Thailnad. Demographic Research, Volume 37, Article 3 (2017), pp.25-52, Khamnuan Muansanong, Nisakon Klanarong, Muhamad Salebin. “Development and Tendency of Migration of the People in the Southern Border Provinces of Thailand who Migrated to Malaysia”, Journal of Humanity and Social Sciences, Thaksin University, pp.77-97 (2008),Nisakorn Klanarong. “Female International Labour Migration from Southern Thailand”, Doctoral Thesis, The University of Adelaide (2003); “Network of illegal Thai migrant workers working in food shops in Malaysia”, Journal of Ritsumeikan Social Sciences and Humanities Vol.6, (2013), pp.9-21など。タイ人の学者は、おそらく大学や研究予算との関係もあると思うが、どうして移民をしなければならないのか、どういう状況なのかということを記述することを通して最後は政策提言につなげようとする議論が多い。
- 「“トムヤムクン”の真実(3)」Isra News Agency, April 23,2012 https://www.isranews.org/content-page/item/6403–qq-3-.html (Last Accessed, March 7, 2025)
- Sacha Helbardt, Deciphering southern Thailand’s violence : organization and insurgent practices of BRN-Coordinate (ISEAS Publishing, 2015) 現地識者の間でも評価が高いので、反乱や紛争に関心がある人はぜひ手に取ってもらえたらと思う。
- タブリーギー・ジャマアト(タブリーグ)は、預言者ムハンマドと彼に献身した教友たちが送った信仰生活を理想としており、モスクにおける一定期間の共同生活と超俗的な宣教活動を行っている。タブリーギー・ジャマアトは世界各地に宣教の拠点(タイではバンコク、ヤラー市内)を持っているが、かっちりした組織があるというよりかは、運動の名称でありネットワークといったほうがふさわしい。深南部でも男性たちのグループが、モスクを渡り歩いているのに比較的よく出くわす。政治にかかわらない姿勢を明確に掲げていて(タブリーギー・ジャマアトに入って分離独立運動を辞めたというムスリムがいたりするので)タイ政府はむしろ積極的に支援してきた。
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