番外編(日本)

そうだ 金星人、会いに行こう(後編)

金星からやってきた16歳の出所は、日本に神智学1を広めた一人でもある、三浦関造氏(みうらせきぞう:1883-1960)によるところが大きいと思われる。サナート・クマラ(『鞍馬山歳時記』では鞍馬はクマラに由来するとされるが起源については諸説ある)の解説がなされている箇所では、三浦氏が著作『神の化身』のなかで“神智学の祖ブラヴァツキーらが説明した”言葉として引用している箇所が、さらに引用されているところからもわかる(『鞍馬山歳時記』:51-53頁、『神の化身』:167-168頁)。私はインドの古典にまったく縁がないので詳しいことは言えないけれど、『神の化身』はバガヴァッド・ギーターにおけるクリシュナの教えを解説した書でもあるので、サナート・クマラも含めてサンスクリット語と思しき単語がたくさん出てくる。そしてもちろん、神智学に特有のアデプト(超人)やマスターといった用語も。

何らかの霊的波動を受信できる人がいるという考え方自体は、宗教、宗派を問わずそこまで珍しいものではない。変幻自在であるというのは、霊的存在には一般的なことのような気もする。この本の随所にニューエイジの要素が見てとれるとはいえ、鞍馬山の信仰というのは仏教以前の信仰と仏教が習合した、能楽の世界に描かれているような中世的霊性をニューエイジ的感性と結びつけたようにも私には感じられた。

信楽香雲(1970)『鞍馬山歳時記』くらま山叢書④

1970年に初版が刊行され、2003年に第4版が出されている。本書は、往時の鞍馬寺の年中行事を、ニューエイジの要素を散りばめつつ解説を行ったものだ。妖怪研究で有名な、日本の風俗歴史研究の第一人者でもある京都女子大学の江馬務氏が協力をしたとの記載がある。サナート・クマラについては、総合ヨガの大家であり日本における神智学の流入にも影響を与えた三浦関造の『神の化身』が引用されている。1972年に没した貫主・香雲氏とも親交があったとされ、天台宗を基盤にする鞍馬弘教が戦後独立し、ニューエイジに向かって舵を切るにあたっても大きな影響を与えたのだろう。

名所に謡曲あり

物販のおじさんが指を指した方向へ、聞いてしまったからには行くしかない。外に出ると、先ほどの大雨が嘘のようにあがっていた。奥の院は案内板ではおよそ850メートルと記されており、30分くらいあればつくはずだと見当をつけた。ソフトな山と思いきやけっこうハードな山だったので、歩いても歩いても、たどり着く気配がなかった。道中、古い地層の解説板が丁寧に設置されており、地層や石が大好きだったらさぞかし楽しいだろうと想像する。

けっこう本気の山

地質学者の友達ができた日には、一緒に来てみたいものだと気を紛らせながら黙々と進むうち、僧正ケ谷というところにやってきた。天台宗開祖最澄ゆかりの不動明王を祀ったお堂前には、六芒星を模した祭祀場のようなものがあった。やってきたスピリチュアルハンターのような二人組の会話を耳をそばだてて聞いていたところ、ここもパワーが強い場所のようだ(相変わらず何も感じなかった)。近くの小さい池では錦鯉も飼われていて、鞍馬山全体をお庭のように大切に維持している人達の姿が目に浮かぶ。

お花のような六芒星

僧正ケ谷は、若き義経が天狗に兵法を学んだ、という伝説を物語にした鞍馬天狗の舞台としても知られる。僧が子供たちを連れて花見に出かけたけれど、やってきた山伏のせいで興がそがれたといって帰ってしまう。ただ一人残っていた牛若丸(義経)は、山伏に声をかけて一緒にお花見をしましょうという。山伏がなぜ帰らなかったのかと問うと、他の子供たちは平家の子供たちで大切にされているが自分は違うという。山伏は、その子が源義朝の子、牛若丸であると見抜く。山伏は、鞍馬山の向こうにある花の名所を牛若丸に教えると、自分は鞍馬の大天狗だと名乗って飛び去って行く。その後、牛若丸は、大天狗たちに兵法の秘術を学ぶ。能楽の鞍馬天狗は、華やか、かつ幽玄な物語だ。

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能楽の代表的な作品がジャンル毎に写真付きで解説されており、能にあまり縁のなかった人でも楽しむことができるようになっている。これを読んだら、実際のお舞台に行きたくなること間違いなしである。もともと2005年に出版されたものだが、2015年に新版が出版されている。能は日本文化の根底をなしているといわれるだけあり、さまざまな文化人が論考を寄せてきた。奥が深すぎていまだ勉強中であるが、私はワキ方下掛宝生流の宝生欣也先生がとくに好きだ。先生の声は、中世とつながっているのではないかと思う。

魔王降臨の地へ

サナート・クマラ降臨の地まで、あともう少しだ。牛若丸の気持ちで軽快に駆けてゆくと、さまざまな大きさの石がある一角に、小さなお堂が建てられているのが目に入った。魔王殿と記されているこの場所こそが、金星からサナート・クマラが降臨した場所に違いない。

魔王殿に足を踏み入れると、周囲には電気が通っている様子はなかったにもかかわらず、ずっと電線を電気が走るようなジジジジという音が鳴り続いていた(改めて私にはスピリチュアルな力や要素は一切ない)。そういえば三輪山、天川村などいわゆる山伏の霊場とされるところには、自然の石が祀られている場合が多い。各地に残る石は遠い昔に落ちた隕石なのだ、という話を聞いたこともある。私が昔の人だったとしたら、空から降ってきた火の石をお祀りしたくなるのも分かるなと思いつつ魔王殿を後にした。

ジジジジは見えないところに本当に電線があったか、あるいは虫の羽音だったのかもとぼんやり考えつつ、あとは大人気の避暑地、貴船に向かって山を降りていくだけである。下りの方が足にはこたえる。少し立ち止った瞬間に、両足がガタガタ震えているのがわかった。牛若丸でもないのに、小走りしたことが悔やまれた。15分ほどで瓦屋根が見え、ようやく人心地がついた。

貴船側からの登山口を出るとすぐ、貴船神社がみえてくる。貴船神社の境内には、涼し気な浴衣やオシャレな洋服をお召しになった人で溢れかえっていた。貴船信仰の古さについて記した案内板に注目する人は皆無で、みな、その横にある水占いしか目に入っていない様子である。私はオシャレなパワースポットとなった貴船神社と、山中での体験とのギャップに、頭がぼうっとして立ち尽くしてしまった。

(文:西 直美)

鞍馬寺の行き方

叡山電鉄出町柳駅から30分程度。駅から山門まで2分ほど(2020年8月現在、土砂崩れの影響で市原駅から京都バスを利用)。

地下鉄国際会館駅から京都バスの鞍馬行きに乗車し25分程度。バス停から山門まで1分ほど。

入山の際の注意

鞍馬山には、鞍馬寺と貴船神社側のどちらからも入山できます。鞍馬寺側からは、愛山料として300円を支払います。貴船側には人がいない場合もあるようですので、入山料は心づけで支払います。およそ1時間30分の行程。山中に不審者が出没するという情報もありますので、午後3時以降は入山を控える方がよいと思われます。

参考:三浦関造(1960)『神の化身』竜王文庫、信楽香雲(1970)『鞍馬山歳時記』くらま山叢書、サラ・リトヴィノフ(1988)『世界オカルト事典』講談社、アンドレ・ナタフ編(1998)『オカルティズム事典』三交社、ルドルフ・シュタイナー(2000)『神智学』ちくま学芸文庫、井上順孝編(2005)『現代宗教事典』弘文堂、クリストファー・パートリッジ編著(2009)『現代世界宗教事典』悠書館

  1. 1875年にロシア貴族の出身であるブラヴァツキー夫人(1831-1891:ロシアでの結婚生活が破綻したのちに世界を放浪する)が元アメリカ軍人オルコット大佐(1832-1907)とニューヨークで創設した神智学協会を起源とする。東西の神秘思想を統合することで、キリスト教に代わる新たな思想・実践の構築を目指した。東洋思想とくにチベット仏教の影響を大きく受けているといわれ、実践には瞑想やヨーガ、菜食も取り入れられた。神の叡知に間接的にアプローチするのではなく、神の叡知を直接的に内面から知ろうとする、いわば悟りを求めて精神世界を探究するといった点を特徴として指摘できるだろう。現在に至るまで教育、芸術にも影響を与え続けているシュタイナー(もともとはゲーテ研究で知られた哲学者)は、神智学協会のドイツ支部の事務局長であった。シュタイナーは、ブラァヴァツキー夫人やその弟子であるベサント夫人(1847-1933)らは西洋哲学の伝統(人の叡知)を考慮していないとして、西洋哲学の伝統を踏まえて独自の哲学を築き上げた。シュタイナーは1912年に神智学協会を脱会し、1913年に人智学協会を設立している。現代のニューエイジの思想や実践は、神智学にさかのぼることができる。

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