カザフスタン, フィールドワーク四方山話

夜汽車

「皮肉なもんだよね」、「仕方ないさ。運命ってやつだよ」。寝台列車のなかで交わされたことばでした。

カザフスタンのトルケスタンからアルマトイに向かう夜汽車でのことです。4人乗りの客室(下段2人、上段2人)のなかで、私は、上段部分に割り当てられ、その向いの上段部分に面識のないカザフ人が割り当てられていました。背が高く、グレーがかった瞳を持ち、肌は白く髪は少しグレーがかった金髪で、精悍な顔立ちをしています。彼もまさか、日本人と居合わせるとは思っていなかったでしょう。彼は、異国人の私にトイレはどこかわかるか、食事はどうするかとカザフ語で色々と気にかけてくれました。トルコ語をほんの少し解する私は、トルコ語圏のくくりのなかで、なんとなくですが意思疎通ができました。ちなみに、トルコ語圏とは、大まかにトルコから新疆までの中央アジア一帯を示し、それぞれ似ている単語もあります。数の数え方はほぼ同じです。

(イメージ:illust AC)

汽車に揺られ月の光が客室を照らすようになると、下の旅客は寝息をたてるようになっていました。彼と私とで、何気ない話を進めるうちに彼の置かれた身の上話をぽつり、ぽつりと聞かせてくれるようになりました。だんだんとプライベートな話をするうちに漢語を流暢に話す、彼は、中国系カザフ人(カザフ族)であることが分かりました。このことから、中国語の方が私はまだ分かるので、中国語で会話してもらうようにしました。話がより弾むようになりました。

彼は、新疆で新疆財経大学を卒業したエリートでした。大学を卒業前に新疆で就職活動をやったのですが、うちは、「中国語のレベルが低い職員はいらない(実際はすごく流暢な漢語のレベルなのですが・・)」、「食堂にハラール食品が備えられていないからムスリムは受け入れられない」、などありとあらゆる理由をつけられ就職できませんでした。回った企業は数知れないといいます。彼によれば、公では少数民族や宗教の差別はいけないと言っているけれど、実際には「少数民族でイスラム教徒」であるということで就職ができなかったという結論に至ったとのことでした。それならば、カザフ人が主体民族のカザフスタンに行って、仕事を見つけにいこうとカザフスタンに赴き就職活動をしました。すると即座に、中国系石油会社に就職できたのでした。なんと中国国内では、落とされた同じ会社のカザフ支社だったとのことでした。そこで交わされたのが冒頭部分の「皮肉なもんだよね」(私)。「仕方ないさ。運命ってやつだよ」(彼)という会話でした。

話の流れで、「家族はどこに住んでいるの?」と聞くと新疆に奥さんと子どもさん一人が住んでいるとのことでした。家族の話をするとすぐに携帯電話に保存してある奥さんと子どもの写真を見せてくれました。写真からレンズに視線を向ける奥さんと子どもはどんなにか彼を愛し、また彼も家族をどんなにか愛しているか、ひしひしと伝わってきます。今まで注意してみていなかったけれど、左手の薬指には、月光に照らされた指輪が光っていました。奥さんとは、インターネットのマッチングで出会ったとのことでした。こういう運命の巡りあわせもあるのですね。まだあれこれしゃべっていたと思うのですが、次第にぽつり、ぽつりと会話が途切れ、二人ともいつもの間にか眠りに落ちていました。

もしかしたら彼との会話は、夜汽車に揺られまどろんでいた私の夢のなかでの話かもしれません。確かに会話したと思うのですが・・。アルマトイに着くと、彼は列車を降りていき雑踏の中に消えてゆきました。もし、夢のまどろみのなかで、会話をしたのなら、また私の夢に彼が出てきてくれて近況を聞かせてほしいです。もちろん幸せに生きているっていう設定で。

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