フィールドワーク四方山話, 韓国

夏の日の2020年 -韓国へ戻ろう-

ここからは韓国に戻るまでである。まず全ての者は韓国に入国する際、入国の2日前までに現地の医療機関で、韓国語か英語で作成された健康診断書が必要となる。8月14日、京都市内の病院で健康検診を受け英語で診断書を作成してもらったが、これにかかった費用が8,888円であった。16日9時、関西空港のアシアナ航空のカウンターで、パスポートと外国人登録証と同時にこの健康診断書を提示し、チェックインが完了した。関西空港4階の出発フロアーは照明もほとんど点けられておらず、非常に閑散としていた。乗客がほとんどいないこともあって出国まではスムーズに進み、フライトは定刻の11時に出発した。仁川空港までの乗客は80人程度だろうか、日本へ行く時より若干多いように感じられた。機内サービスは日本へ行くときと同様であったが、客室乗務員らがビニールの防護服を着て勤務していたことが印象的である。

2時間弱で仁川空港に到着し降機するが、ここからが長かった。まず到着ゲートを抜けると簡単な検温と体調チェックが行われていた。しばらく歩くと到着客の長蛇の列にぶち当たった。入国者それぞれのスマートフォンに「自宅隔離者安全保護」というアプリをインストールする作業がある。そこではアプリが正しくインストールされているのか、アプリに登録された住所や携帯電話番号などの個人情報に不備がないかのチェックが行われていた。主に韓国陸軍の将兵らが、そのチェック作業にあたっていた。そうした空港の検疫業務に軍人を動員できるというのが、徴兵制を実施している韓国らしいところである。続いて入国審査である。通常の審査の上に、先の健康診断書に不備がないかなど厳重に行われているようであった。降機から入国審査が終わるまで普段なら1時間もかからないはずが、この日は2時間半以上かかった。

韓国のわが家まで

そして仁川空港から200㎞は離れた大邱の自宅までどのように帰るかである。到着フロアーに出た瞬間、空港職員にどのように帰宅するのか聞かれる。ここで居住する地域と移動手段を告げるのであるが、韓国では日本と違い海外入国者専用の移動手段の支援が行われている。小生の場合、空港のリムジンバスでソウル近郊の駅まで行き、KTXで東大邱駅まで行くという手段で帰宅した。仁川空港から東大邱駅までで、おおよそ60,000ウォン程度(5,500円くらい)がかかった。東大邱駅の屋外で人生二度目のPCR検査を受け、その後タクシーで自宅まで帰宅した。料金は大邱市内の一般的なタクシーとほぼ同一であった。ただタクシーは自宅の前までは行ってくれず、家から50メートル離れた路上で下車し、そこから重いスーツケースを引きずりながら徒歩で帰宅した。これはタクシー運転手の気まぐれだろうか、あるいは韓国の帰宅支援とはそういうものだろうか、釈然としない。出発前から日本より韓国のほうが、厳重に入国者の隔離措置が行われていることを知っていたのであるが、こうした末端部分では意外と緩いことに拍子抜けである。16日のPCR検査の結果は、やはり「陰性」であった。

写真1 KTX光明駅の海外入国者専用の待合室。ここで1時間ほど待機した。

隔離生活の始まり

8月16日から30日の昼12時までが自宅隔離期間である。まず先述した「自宅隔離者安全保護」アプリは居住する保健所にずっと位置情報を送り続ける。また一定期間、スマートフォンの操作がない場合も保健所に通知が行われる。このアプリに一日2回、咳や喉の痛みなどの健康状態と体温を入力しなければいけないが、幸いにも一度も体調不良を入力したことがない。続いて保健所の職員より一日1回、電話がかかってくる。ここでもアプリと同様に体調や何か変わったことがないかの質問を受ける。二週間弱のこのやり取りにより、小生は保健所の女性職員と親しくなったような気がする。基本的に、これらアプリや保健所職員のマンパワーを使って海外入国者を隔離するというのが、韓国が誇る「K防疫」であり自宅隔離の一般的なやり方である。海外からの入国者に外出は許されていないのであるが、深夜であれば近隣のコンビニエンスストアや24時間営業のマートへ行くことは可能でないかと考える。ただ外出が発覚した場合、罰金刑の対象になるので注意が必要だ。

外出ができない、食料調達ができないということで、隔離対象者は大邱広域市と大韓赤十字社より「緊急救護セット」の支援を受ける。単純に言えば食料やマスク、消毒液などの供給である。こうした支援があるというのが、日本と韓国の自宅隔離のありようの大きな違いである。ただ「緊急救護セット」の中身はインスタントラーメンが10食分、生米が4㎏に対し、ミネラルウォーターが2リットルと非常にバランスが悪い。ちなみに韓国の水道水は飲料用に適しておらず、小生は食事には使用しない。どうやって米やラーメンを調理しろというのか。また生野菜がまったくないまま二週間を過ごせというのも健康的に良くない。セットの中にあった羊羹や、日本で買ったスナック菓子を食事代わりにしたこともあった。そのため実はいろいろと食料を調達したのであるが、どのように行ったのかはここでは詳細に説明できない。読者にはいろいろと察して欲しい。

写真2 支給された「緊急救護セット」。

精神的不安定

隔離期間の生活は、在宅で仕事をするのであるが生活リズムが乱れやすい。友人からの「ずっと寝ていられるね」や「遊んでいられて、いいね」と羨ましがる声を聞くが、そうそう寝て遊んでばかりいられない。来学期の授業の準備や研究助成の申請書の作成、また論文の執筆などの作業をしながら過ごすのであるが、小生がどの時間帯にいるのか分からなくなることがある。今が昼なのか、夜なのか。ニュース番組はコロナ関連の報道ばかりで気分が滅入るので、見ないようにしている。代わりにYouTubeやツイキャスでインターネットラジオを聴く。そして、ただただアルコールの消費量だけが増える。ゴミも隔離期間中は一切捨てることができない。飲み干したミネラルウォーターのボトルや酒の瓶、ごみ袋が玄関を占領し、軽く悪臭を放っている。そんな時間を二週間も過ごすのである。どうやら小生は隔離期間のちょうど中間地点で、精神を少々おかしくしていたようだ。

こうした精神的不安定な機関を打破すべく、可能な限り家族や友だちに連絡を取り他愛ない話をして、楽しい気分になれるようにした。そんな隔離生活も後2日である。本日8月28日は外出することができた。タクシーで保健所まで行きPCR検査を受けた。検査結果が「陰性」であれば、8月30日12時より晴れて「自由の身」である。

夏の日の2020年

ここまでは2020年の夏、小生が体験した韓国―日本の往復記録であった。これまで「近くて遠い国」と言われていた日本と韓国が、実際に「遠くて遠い国」になった気分である。飛行機に乗れば2時間もかからず往復できる「日本の国内都市」のような感覚で韓国の大学に就職したのにも拘らず、2020年、韓国と日本の移動にこれだけの時間と手続きと、そして費用がかかるようになるとは思いもよらなかった。

防疫の観点で日本と韓国の入国者の対応を比較した場合、文句なしに韓国の防疫体制に軍配が上がるだろう。何しろ日本には入国者の帰宅支援や自宅隔離の管理、彼らの生活を支援する仕組みが存在しない。空港で税関のゲートを通過した瞬間、海外入国者が何をしようとも誰も干渉することはない。それが現在の日本で実施可能な感染予防の「水際対策」といってしまえば、それまででだが。しかし韓国の防疫体制にも、いろいろと改善の余地がある。また仁川空港内での海外入国者の動線が完全に隔離されておらず、入国者とスターバックスやダンキンドーナツ、その他商店や両替所などの空港施設利用者が接触することがあった。またタクシーで帰宅する際も自宅までは行ってくれず、一般の道路を歩いて小生は帰宅した。完全な人間の隔離というのはやはり難しいのであろう。また帰国者に支給される「緊急救護セット」の内容に問題がないわけではない。

同時にこんなことも考える。8月28日の韓国国内の新規感染者が359人、一方海外からの流入による感染者が12人であった。これだけ国内での感染者が多い現状の中で、海外からの入国者をこれまで厳重に隔離し管理することに、どこまで実効性があるというのか。感染リスクがそれほど高いか低いかも分からない海外からの入国者の管理に、こんなにもの資源を投入するのが感染症予防の点で果たして妥当なのかは不明である。いずれにせよ小生はまた180日後、きっと「そうだ、日本へ行こうと」と思うだろう。その時には、少なくとも今とは異なる風景が見られるに違いない。

(文:安田昌史 2020年8月26日執筆)

コメントを残す