カンボジア, フィールドワーク四方山話

妖しく怪なる笑い声

またカンボジア北東部の山や畑での話だ。

ニャークさんというわたしと同い年のおじさんの畑におじゃましていたときだった。かれの畑の家の入口を出たすぐのところで、かれの息子がサイバシぐらいの枝きれを手にもっている。しゃがみながら、それで地面をつっついている。別に意味もなくほじくりかえしている感じだ。

陸稲の丈が腰ぐらいまでのびた雨季の中ごろで、畑の祭祀をやって酒をのんでという集まりだったから何人か村のひとたちがいた。少年たちもけっこう来ていてみんなでなんとなく地べたでもつっついてだべっていたのだろう。そしたらオッ!みたいな感じで盛りあがったから見てみたら、枝きれでかきみだした湿った土のなかで何かのたくっている。ヘビか?ときいたら、ちがう、ドゥンだとみんなが口々にいう。

こまかい土がいちめんにびっしり、からだにくっついていたからよくわからないのだけれど、ミミズにしてはでかいし、動きかたものたくるなかに芯があるような感じで、どう見てもヘビなので、いやヘビじゃないのか?ヘビの一種がそういう名前なのか?と何度もきいた。でもドゥンだという。

ドゥンって何だ?と引っかかっていたが、かなり後になってウナギだとわかった。ウナギにしてはちいさかった(太さ5円玉ぐらいで、長さ30センチぐらいだった)。それにあんな山の上の畑の、小川からも遠い地面で、たまたまほじっていたらウナギが出てきたなんて、そんなことあるのかよと、いまでもふしぎに思っている。

山とか森とかにすこし畑をつくって、歩いてふみ固めたところが小道になって、という環境のなかで日々すごしていると、ふとしたことで土のふところが深いことを感じる。もっともっとへんなものが棲んでいて、気が向いたら土から出てきたり、なんなら地中ふかくにまた引っこんだりしていても、おかしくなかろうと思ってしまうのだ。

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土と森におおわれている場所(プランテーションもかなり広大なのはおそろしいけれど)。

精霊の話は日ごろからよく出てくる。作物の出来が気になる季節の節目や、だれかが病気になったときに、精霊の機嫌がよくなるように供えものをするとか、悪さをする精霊なら退散してもらおうといった話になる。きのうみた夢だとどうもドコソコのナニナニの精霊だと教えてくれるひとがいて、ちょっとした儀式をやる。

われわれが草木や山なんかを見つめることがあるのと同じように、草木や山も感情をもってわれわれを見つめ返すことがあるだろう、そういうものの感じ具合だという説がある。そんな感じだろうと思う。ドコソコのナニナニの精霊といったって、それらしいキャラのイメージがあるわけではない。感情じたいが目に見えないのと同じで、精霊もぼんやりして目に見えないものなのだ。このへんは、ふしぎではあるが、おおマジメに議論する話になってしまう。

チャマーウとブイ・ヤヤイ

へんなやつ、もうちょっとキャラっぽいやつの話が全然ないわけではない。精霊というよりは、土のふところふかいウヤムヤに棲む、あやしきものたちのことだ。

とても仲よくしてくれているイェヘ(前に紹介したヴェーンさんの長男)が話してくれた。以下はその語りだ。

むかし、父さんと二人でレンジェーン山にいったとき、犬がほえた。
あの山は、むかしは畑がなくて森だった。その山でぼくの犬がほえた。
父さんとぼくは、いそいでのぼって犬を見にいった。

見ると、とにかくほえているけれど、目をこらしてもほえている相手が見えない。
そのとき

「ア゙はア゙ア゙ア゙あぁ゙あぁア゙ア゙ア゙゙あぁ゙あぁ゙はァー!」

そんな声がするんだ。でも姿は見えない。そいつじたいは見えない。

こわくなっていそいで逃げた。

やつは、

やつは、

ひっかいていた。爪で。腹を。犬の腹を。

犬の腹を見たの?(わたしの質問)

うん、ぼくは犬の腹を見た……。爪が、やつの手には爪がある。

イェヘは手を熊手のかたちにして腹をかききるように動かした。それは「チャマーウ」というあやしいものなのだという。わたしはイェヘの真に迫ったチャマーウの声まねを聞いて、びびった。

後日、たむろして酒を飲んでいる人たちに話題をふってみると、チャマーウには次のような特徴があるとのことだった。

人間をみて笑う/髪が長い/人間と同じ姿だというが見た者はいない/ビークの葉(ヤシっぽい、うちわになりそうな形の葉)を食べる/悪さはしない/人間が大勢だとおそれて何もしないが、ひと一人で森に入ると笑い声を聞かせる。

似たような別のやつのことも教えてもらった。そいつの名は「ブイ・ヤヤイ」という。

ブイ・ヤヤイは、

男も女も子どももいて、森に棲んでいる/片足でとびはねる/人間を追いかけてくる/人間の女性を好んで寄ってくる/手が刃物状、これで人間を襲う/人間が2人ぐらいだったら向こうは強気でくる/人間の言葉はわからないが、高い声でホーウ、ホーウと鳴く。もし人間が答え返せば追いかけてくる/ルン(植物で籐の一種)でなぐると死ぬ。ルンで編んだ背負い籠もこわがる。

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ルン(籐)の籠。みんな器用だから手作りだ。背負っていればブイ・ヤヤイもこわくない。

ルンがあればだいじょうぶ、というのは、なるほどねと思うところがある。ルンは水辺に生えるという点だ。山奥というのはだいたいいくつも小山を越えて奥にわけいるものだが、ひと山ひと山のあいだには谷があり沢があるものだ。ルンはそういうところに生える。つまり、ブイ・ヤヤイに追いかけられても、ひと山の境目まで逃げればだいじょうぶなもんだ、という目安のように思われるのだ。

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手前左寄りのラグビーボールっぽいだ円の葉っぱの植物が自生するルン。
茎がムチみたいにしなやかな感じでシュッと立っているのがわかるだろうか。
ブイ・ヤヤイをたたくによさそうだし、うすくはがせば籠の材料になる。

妖怪千体説

これは、いわゆる妖怪というやつだ。

わたしはこれらを教えてくれた人たちの前でノートに「想像図」をかいてみた。

左:チャマーウ。右:ブイ・ヤヤイ。

まあ微妙だと思うが、かれらも「うんうん、こんな感じ」みたいにリアクションしてくれていたとかってに記憶している。

わたしが敬愛する水木しげるは、「妖怪千体説」というのを唱えていた。ひとつの文化が識別できる妖怪のパターンは、バリエーションをふくめて1000ぐらい。世界の妖怪はおよそ1000のパターンに分類できるのだという(水木しげる『水木しげるの妖怪談義』、ソフトガレージ、2000年)。

さてチャマーウとブイ・ヤヤイ、日本の妖怪なら何にあたるだろう。

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