番外編(日本)

着物ができるまで(後編)

着物デザイナーであり、徘徊アカデミアのロゴの作者でもあるアヤコさんに教えてもらいつつ、前半では着物ができる前の段階、図案化や着物をめぐる分業体制の全体像について書いた。後半では私たちがイメージする、くるくると巻かれた反物になるまでについて書いていきたい。

デザインができると、染屋に依頼をすることとなる。デザイナーはここで色や仕上がりの要望を伝え、これによって型の枚数が変わってくる。普段あまり見学することのできない染の行程は、以下のYouTubeの動画が非常に参考になる。このYouTubeに出てくる映像を見ていただければ、以下の説明がもっとイメージしやすくなるのではないかと思う。

動画では着付け講師の方が、洗える着物として知られる東レシルックの生産を行う染屋を訪ねていた。動画のなかで職人さんは、全盛期と比べて染める反物の数は大きく減ったものの、一つ一つ作り上げることに価値を見出す方もいると、時代の変化についても語られている。

数百年前と比べても、着物を作る工程自体に大きな変化はないとはいえ、技術革新とともに染色方法の選択肢は増えていったとはいえる。アヤコさんによると、それぞれの方法に短所と長所があり、予算が許すならば、どのような柄を染めるのかによって染色方法を選ぶのが望ましいという。

職人の技

防染(ぼうせん)と呼ばれる糊が、柄を出す際に欠かすことができない。ろうけつ染めなどもそうだと思うが、その他の部分で使おうとしている染料の浸透を防ぐことができて、全て染めた後に取ることができれば防染としての役割を果たすといえる。映像では、黒い活性炭が入ったものが用いられていた。防染糊に染料が入れられ、デザイナーが指定した部分に色が入れられていく。真っ黒な防染糊だと染められた時点では、すべて真っ黒にしか見えない。間違わないようにするのも、大変な作業だろうと思う。

柄の輪郭線のことを糸目(いとめ)という。線をきちっと囲ったうえで、塗り絵のように中に色を入れていくといった印象だ。同じ色のところは同じ型(色の分だけ型が要る)、ぼかしを入れる場合は濃淡の付け方によって2枚以上の型を作る必要がある。線がたくさんあったり、図案が小さかったりすると、より繊細な作業が必要になる。細かったり小さかったりするところに、ドンピシャで色を入れていくのは、これまた至難の業だろう。

先ほどの動画に出てくる反物には、毬などの柄のほかにバックグラウンドとして全体に江戸小紋風の模様が入れられている。江戸小紋というのは、細かいドットで構成される模様のことだ。江戸小紋は比較的手が届きやすいが、「鮫(さめ)」「行儀(ぎょうぎ)」「通し(とおし)」「縞(万筋)」「大小あられ」については、家紋を入れると略礼装の扱いになる。ご家庭の箪笥に眠っているという方も多いのではないかと思う。業界用語では、細かいドットで構成される柄のことをサメ小紋と呼ぶそうだ。動画でバックグラウンドの柄ことを職人さんが、サメと呼んでいるのが聞こえてくる。



左上から順番に「通し」「行儀」「鮫」「万筋」「あられ」(画像はすべてアヤコさん提供)。この記事のサムネイル写真をご覧いただけば、どれだけ激しく細かい柄なのか、そして、この柄を実現するための型を彫る人が存在するのだということに驚くこと間違いなしである。

ようやく反物に

柄やバックグラウンドの柄が入れられた後、全体の色である地色(じいろ)を入れる作業が行われる。地色によっては、バックグラウンドの柄が見えにくくなったりする場合がある。商品になる前に、染屋はサンプルを作る。上がってきたサンプルを見て、もっとここのぼかしを、バックグラウンドを強く出したいとなることもある。動画のケースでは、バックグラウンドのドット柄が黒地に埋没してしまわないように、バックグラウンドの現出を一定にさせる目的で、防染を2回続けて入れてもらっていた。黒の場合、防染糊の粒子より地色で使う染料の粒子が小さく、一回防染糊を入れただけでは隙間をぬって黒い地色が出てきてしまうという。

地色が入れられ乾かされた後、染料を発色・定着させるために蒸す作業が行われる。これを行うのが蒸屋だ。色が定着したのち、水元(みずもと)が防染や染料を落とす作業を行う。水元から染屋に戻され、製品チェックが行われる。各工程を経ることで織物の縦と横の糸が歪んでしまっていたりするのを直す地直しや、プレス(アイロンがけ)が行われる。この時点ではまだくるくる巻かれていない状態で、悉皆屋(しっかいや)に戻っていく。

悉皆屋が潰し屋(つぶしや)に納品すると、折りたたまれている状態の反物が仕立て屋に送られる。仕立て屋というのは、着物を人間が着用する形に仕立てるところではなく、反物に仕立てる業者のことをいうそうだ。この仕立て屋でようやく、私たちがイメージする巻かれた反物になる。仕立て屋ではA反、B反といった仕分けがなされる。それはそれは細かい基準があって、それに基づき、基準をクリアすればA反、傷などが多いと判断されればB反となる。

筆者の理解した反物ができるまでの図

前回から2回に分けて、着物(正確には反物)ができるまでを追いかけてきた。図案化から反物になるまで、さまざまな職人の技なくしては成立しない。こうした一つ一つの職人技が、伝統を支えているということを知ると、箪笥の肥やしにするのももったいないという気持ちになるし、着物に袖を通すときにも特別に感じられるのではないだろうか。

織物や染物に関心がある方は、いくつか京都で行ける場所をご紹介する。

川島織物文化館 https://www.kawashimaselkon.co.jp/bunkakan/about/ 
西陣織会館 https://nishijin.or.jp/nishijin_textile_center/ 
織成館 https://orinasukan.com/free/kengaku 
細尾 https://www.hosoo.co.jp/ 
染・清流館 http://someseiryu.net/ 

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