フィールドワーク四方山話, 韓国

2021年、私のワクチン受難記

このコラムは2021年に体験した筆者の新型コロナウィルスワクチン、2次接種までの記録である。筆者はあくまでワクチン接種を勧める意図を持っておらず、ここに書かれている内容は筆者の体験および、そこでの所感を記したまでである。コロナ渦の中で韓国と日本を行き来しながらワクチン接種した人間の稀有な経験、誰が参照することがあろうかと思いながらも書き連ねていく。

2020年初頭に始まるコロナ渦以降、世界は目まぐるしく変容している。まず、国家間の人の自由な移動がほぼ困難になった。また授業やビジネスの場などにおいて、対面でのやり取りが難しくなった。韓国の大学で勤務する筆者の場合、2020年の1学期は全面オンラインで授業をすることとなった。また本来なら9月1日より韓国の大学の2学期が始まるのであるが、2020年は10月中旬まで対面授業を行えなくなった。その他の分野(例えば医療や介護、生産、流通、技術、消費、娯楽)など、おそらく様々な局面で変化があったに違いない。ここまでは世間一般に言われていることである。そんなコロナ渦の中でも、筆者は韓国と日本を三往復した。一往復目に関しては過去のコラムを参考されたい。韓国と日本は「近くて遠い国」と言われることが過去あったが、時間的に「遠くて遠い国」になってしまったような感がする。これは他の諸外国と日本、あるいはその他国家間を移動する人全てに当てはまることだけれども。

コロナ渦に関する各国の対応や政策について、文化人類学、社会学、歴史学など人文系学問ばかりを学んできた筆者には、現時点でどうなのかということしか評価できない。研究者としては歯がゆい限りであるが、現在行われている政策の成否は少なくとも数年後、もしかするとコロナウィルスが完全に終息、または無害化する数十年後になって、ようやく本当の意味での評価が可能になるのかもしれない。そんな思いで2021年10月、今回のコラムを書く。

2020年明けから続くコロナ渦を打開する策として、同年12月、ファイザー製のワクチンがイギリスで緊急使用許可が与えられた。その後、アストラゼネカやモデルナ、ヤンセンなどのワクチンが次々に開発、承認され、アメリカやヨーロッパ諸国を中心に使用されることになった。韓国や日本も可及的にワクチンを導入しようとしたのであるが、国内での感染者が欧米ほどおらず治験が上手くできなかったこと、早期のワクチン購入合戦に乗り遅れたこと、また日本ではかつてワクチンによる薬害が生じたことから警戒感が高く、そうした欧米諸国より数カ月ワクチンの導入が遅れた。日本でファイザー製ワクチンが承認され、使用されたのが2021年2月のことである。韓国でアストラゼネカ製のワクチンが導入されたのも同時期である。各国のワクチン接種の推移はオックスフォード大学の“Oure World in Date(https://ourworldindata.org/covid-vaccinations)”を参照するといい。

筆者自身、ワクチン承認当初からコロナ渦においてワクチンがゲームチェンジャーになると感じていた。新型コロナウィルス発見から一年とかからず、開発、承認されたワクチンの安全性に関する懸念は充分理解できるのであるが、コロナ渦による世界の不自由さと疲弊を打開するために、筆者自身はワクチンを接種する他はないと考えていた。ただ欧米諸国とは違い、2021年上半期までワクチン不足や接種環境の未整備などにより、韓国と日本ともワクチン接種にスピードは遅々として進まなかった。接種が行われる場合、医療機関で従事する者が優先とされ、その次に高齢者や基礎疾患を持つ者というのは両国共通であった。

2021年4月以降、韓国では「パルリパルリ精神(早く早く精神)」やワクチン液を効率的に採取できる「K注射器」の開発、軍医の利用により猛烈にワクチン接種を進め、日本の接種率と比較して、「韓国の接種率は進んでいる」と自賛する時期があった。本来、ワクチン接種率は比較するものではないし、どうせ比較するなら接種が進んでいる国とすべきなのにと思うところがあったが、同年7月以降、欧米諸国からのワクチン輸入が滞り、接種の速度は停滞し、むやみな「接種率自慢」は鳴りを潜めた。

さて、ここからが本題である。筆者はこうしたコロナ渦にもかかわらず、学期が終わるたびに韓国と日本を往復してきた。ただ行き来を重ねるたびに感じることとして、日本入国、韓国入国の手続きが煩雑になっていることである。それまでは韓国入国の際はレントゲン検査結果付きの健康診断書のみが必要であったが、2021年1月以降PCR検査の陰性証明書が必要となった。検査費用と時間が大幅に増加したのである。同様に日本の入国の際、自国民であってもPCR検査の陰性証明書が課されるようになっていった。また入国後、二週間の自宅隔離が必要なのも日韓を往復する者にとって負担であった。韓国での自宅隔離の過ごし方に関しては過去のコラムを見るといいだろう。

その一方2021年の上半期、おそらくアメリカでの接種がある程度進んだ時期から、韓国は入国の際、ワクチン接種を済ませた者に関して自宅隔離が免除となった。同年の9月、日本からの入国者はワクチン接種者も含めて自宅隔離の対象となる時期があったが、10月からは再び自宅隔離は免除となった。他方、日本はワクチン接種者の自宅待機免除などは認めておらず、日本でワクチンを接種した者も日本に再び入国する場合においても、自宅待機が必要とされている。ここで言う韓国の自宅隔離と日本の自宅待機が同義ではないのであるが、詳しくは言及しない。要するに、韓国、または日本でワクチン接種を済ませば、日韓往復後、韓国で自宅隔離をせずに済むのである。あとはPCR検査の費用や検査可能なクリニックを探すのが問題などはあるが、自宅隔離免除は筆者にとってコロナ渦の中で日本へ行く大きな動機付けになった。

だが2021年上半期、そう簡単にワクチンを接種できるような状況ではなかった。何しろ韓国国内に入ってくるワクチンそのものが少なかったらである。韓国の健康福祉部(日本の厚生労働省に相当)は6月、ワクチン接種の当日分の余剰を、アプリを通じて「残余ワクチン」として通知して接種を勧めるサービスを提供したのであるが、当初はなかなか残余ワクチンが発生しなかった。1,000人に1人の規模で残余ワクチンが発生する程度だったので、一日中スマートフォンをモニタリングしていなければワクチンにありつけず、そんな時間は普通の人間にはない。また接種できたとしても当時の主流ワクチンはアストラゼネカ製のワクチンであった。アストラゼネカ製ワクチンの1次2次の接種間隔は3カ月であり、6月に1次ワクチンを受けたとしても、2次ワクチンの接種は9月頃となり、7月に日本へ渡航しようとするとスケジュールと合わない。

写真.1 韓国-日本間の航空機はA330へと大型化されていた。

そこで筆者は渡航前に韓国で接種するのを諦め、日本でワクチン接種を試みた。東京オリンピック直前の7月9日、日本に入国したのであるが、当時の日本国内のワクチン接種状況は筆者以上に読者皆様がご存じの通りである。医療従事者や一部教育関係や職場での職域接種は進んでいたものの、居住する自治体で行われる接種は60歳以上という制限が加えられていた。筆者の家庭でも70歳目前の父は6月までに接種を済ましていたが、65歳の母は未接種の状態で非常に憤慨しており、家庭内不和になる恐れを抱いた。ワクチン受難である。

筆者は韓国に居住するものの、日本に住民票を残している。よって日本国内の接種対象者にあたるため、筆者宛に自治体より「新型コロナウィルス ワクチン接種券」が届いていた。封書にはチャットアプリLINEで近隣の医院で予約を取る旨の紙が挿入されていたので、早速予約をしようとしたところ、どの医院のLINEアカウントでも「ただいま予約を受け付けているメニューはございません」の表示が出る。どういうことかと市の健康福祉課のコールセンターに問い合わせたところ、7月時点で60歳以下のワクチン接種の予約を受け付けていないらしい。なら、なぜ「接種券」なるものを送ったのか。

PCR検査を受けるクリニックで予約をした際、ワクチン未接種の母の接種予約をし、筆者は日本国内での接種を諦めた。ここで二週間の自宅隔離を決心したのである。その後、共同研究で参加している大学での職域接種の情報を耳にするのであるが、どうにも日程と合わない。どこかの某自治体の首長や感染症対策分科会長らが、感染拡大を防ぐために若者にワクチン接種を促すような放送やCMを見るたびに、「若者は打ちたくて打たないんじゃなくて、打てないだけなのに」なんて、もう若者でもないのに思ったりもした。

8月の中旬、筆者は韓国に再入国し、二週間の隔離期間に入った。もう三度目ともなれば慣れたものである。その途中で、韓国でのワクチン接種予約が55歳から18歳まで可能になった。当初の予約の1次が10月1日、2次が11月12日であった。「鬼が笑う」とでも思っていたのであるが、幾度かに渡り予約が前倒しされ1次が9月10日、2次が10月22日と前倒しにされた。対面授業を抱えている筆者は、接種が早ければ早いほうがいいと考え、先述の残余ワクチンを利用して1次を8月31日に近隣の内科で、2次を9月30日に小児科で無事終えた。韓国でも9月後半にもなれば、アストラゼネカ以外のワクチンが安定的に供給され始めたためである。パルリパルリ精神の賜物である。

写真.2 小児科ではワクチン接種後、ポロロ(韓国オリジナルのキャラクター)の絆創膏を貼ってくれた。

個人的にではあるが、韓国健康福祉部により都合よく変更された6週間1という接種間隔を、筆者は残余ワクチンで4週間と2日に再び「変更」した。2次接種後には予定通り38度前後の発熱があったが、それも無事に治まった。2週間後には体内でコロナウィルスに対する免疫が確立されたことが、公式的に認められる。ここまで振り返れば、2020年12月から2021年10月までの実に長い旅である。筆者は今回のワクチンに対して不安していたが、それ以上に期待もしていた。決められた予定通り発熱するというのは、人生初であるからだ。同時に後ろめたいこととして、個人的な約束をワクチン接種後に先延ばしにしてきたこともある(特に『徘徊アカデミア』のメンバーには申し訳ない)。案外、接種が終わればそれまでである。若干の頭痛が残る程度で、接種前後で筆者の内面に変化はない。

ところで、コロナウィルスワクチンを2度接種したということで、韓国の接種証明書(ワクチンパスポート)を取得した。ワクチン接種を証明するアプリ‘coov’のデザインは非常にスタイリッシュであり、その他のSNSアプリや金融系アプリとの連携がされる仕様となっている。個人が飲食店やデパートや大型マートなどの商業施設を利用した場合、その個人がワクチンをいつ接種したのかなどの情報が店頭で表示されるとともに、利用履歴が韓国健康福祉部のデータベースに蓄積されるものである。今後、どの程度までこのワクチンパスポートを韓国社会全般に適用させるのか未知数であり、個人の行動監視にもつながることから倫理が問われるところでもあるが、日本では未だワクチン接種後に個人が自治体に請求し、紙の接種証明書の発給を受ける状況であり、雲泥の差である。このあたり日本政府は、ワクチン接種証明書を海外渡航の際に利用する以外の意図を持っていないのかもしれない。

写真.3 ワクチン接種が完了すると自動的に‘coov’に登録される。

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写真.4 飲食店でアプリによる認証。
スマートフォン未所持者のために紙の台帳も用意されている。

ここまでこのコラムを書き進める中で気がかりなことは、今回の新型コロナウィルスワクチンを受けない、あるいは受けられない人たちのことである。1年足らずで開発、実用化されたワクチンである。当然それに対する拒否感はあるだろうし、今後どのような健康上のリスクがあるのかも分からない。このコラムがそうした人々への接種強制になってはいけないと考える。それとは別にワクチンを受けたくても受けられない人がいる。アレルギーなどの健康上の問題のためワクチン接種ができない人のことも慎重に考えなければいけない。また接種したいが、年齢制限や何かの事情のために接種できないという人もいることだろう。

このコラム中で何度も先述したOur World in Date によれば、2021年10月4日現在1回でもワクチン接種できた人口が46%であるという。こうした数字とともに、1年半以上にもわたり、新型コロナウィルスによるコロナ渦とクチン接種で右往左往した愚人の記録と所感が、いずれどこかで誰かに参考されればと思う。

  1. ワクチン接種間隔は本来ファイザー製ワクチンが3週間、モデルナ製ワクチンが4週間とされている。だが韓国国内でのワクチン供給が不安定なため、それぞれ6週間と変更した。アストラゼネカ製ワクチンは3カ月と変更はない。

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