番外編(日本)

顔石

 子どもが歩きたがるようになり、体重も増えてくると、外出先として、京都府立植物園ほど魅力的な場所はそうない。手を離して好きなように歩かせてもそんなに危なくないし、開園して間もない時間帯(7月末からお盆にかけては7時とか7時半とかから開園してくれる)なら、人もそんなにいないから気が楽だ。植物のコレクションに見応えがあるのはもちろんだが、小さい幼児と私のようなおじさんが、一緒にのびのびのんびりと過ごせる数少ない場所でもある。現在、京都北山エリアの再開発に合わせて、敷地内に商業施設を作ったり、芝生広場に常設野外ステージを設置したりする再整備計画が進められているらしい1。今の植物園の雰囲気が失われてしまうのは、本当に悲しい。

 というわけで、もう何ヶ月も、たまに私が子をどこかへ連れて行くとなると、決まって植物園が行き先になっていた。しかしこれでは少し芸がないと思ったので、子が1歳8ヶ月を過ぎた12月のある日、趣向を変えて近くの寺の五百羅漢の石像を見に行ってみた。すると、案外喜んでいた。夜も寝床で「顔…石…」と言っていたくらいだ。そうなれば、他の「顔石」も見せたくなるのが親心というもの。年末年始の休みを利用し、子を連れていくつかのお寺をまわったので、この場を借りて報告したいと思う。これから小さい幼児をつれて石の顔がたくさん並んでいるのを見に行こうと考えているひとの役に少しでも立てれば幸いだ。

石峰寺

石峰寺の赤い門

 まずは、いちばん初めに子と訪ねた石峰寺2の五百羅漢像を紹介したい。石峰寺は黄檗宗のお寺で、稲荷神社と深草霊園の南にある。民家に沿って続く石段を抜けると、赤壁の竜宮門が立っている。ここは晩年の伊藤若冲が隠棲したお寺で、境内には若冲のお墓もある。五百羅漢像も若冲のデザイン。

 羅漢像は本堂の裏山の竹林にあり、賽の河原とか、お釈迦さんの生涯の有名なシーンとか、テーマごとに分けて配置されている。ほとんどの像が三頭身くらいで、表情はとても豊か。若冲の下絵を忠実に再現しようとした結果だと思うが、多くの像が三次元的というよりは二次元的。レリーフに近いものもある。風化が進んでいてややボケているのもいい。石像は、林のなかの土の上に割と無造作にボンと置いてあって、なかには伸びた木に押されて倒れそうになっているのもある。山のなかに居る、という感じがして面白い。初めて行ったとき、子どもは怖がるんじゃないかと、こちらも恐る恐るだったが、本人は「顔…顔…!イチ、ニィ、サン、ゴォ、ナナァ!」と上機嫌だった。伏見稲荷に近いからか、それとも若冲人気のせいか、週末は、いつ行っても境内で何組かとすれ違う。

若冲の羅漢像。撮影禁止なので、お寺のパンフレットから拝借。

 現在、京都で(十六羅漢ではなく、たくさんの)羅漢像を見に行くとなると、ここ石峰寺か、次に紹介する愛宕念仏寺か、嵐山の宝厳寺の三択になると思う。あとの二つはここ数十年のあいだにできた比較的新しい羅漢像で、日本全国の羅漢像を紹介している1983年の道端良秀『羅漢信仰史』3で言及があるのは石峰寺のみである。なお、当寺の羅漢像は写真撮影とスケッチ禁止。公共交通機関を利用する場合は、JR稲荷駅から10分ほど住宅街の坂道を登る。寺の参拝者用の駐車場もあるが、周囲の道が狭くて離合が面倒そうなので、私はまだ利用したことがない。開門は9時~16時、拝観料は大人300円。

愛宕念仏寺

愛宕念仏寺の羅漢像。サングラスをかけている羅漢も見える。

 愛宕念仏寺4(おたぎねんぶつじ)は、京都の心霊スポットとして有名な清滝トンネルの手前にあるお寺。ここは戦後、仏像彫刻師・天台宗僧侶の西村公朝の手によって復興されたお寺で、羅漢像は1980年代以降、一般の参拝者が彫ったもの5。別々の人が思い思いに彫った像なので、表情や形が一つ一つかなり違っていて、そのぶんとても賑やかだ。1000体以上の羅漢像が、境内のいくつかのエリアにところ狭しと並んでいて、もちろん子のテンションもあがる。苔が頭頂にまるで髪の毛のように茂っていたり、草が耳から生えていたりするのをみると、ついつい嬉しくなってしまう。

草が耳毛のようでつい笑ってしまった

 石段は急なのでかなり気を使うが、本堂の周りは少し広いスペースがあり、そこでは少しのあいだ子の手を離すことができる。また、本堂そばに「ふれ愛観音」という、さわれる観音像があって、子はそこの小堂をとても気に入っていた。本堂へ向かう石段の中腹に、参拝者が突くことのできる小さな三つの鐘があって、その音がとても良い。公共交通機関を使う場合は、京都バス・清滝行き「愛宕寺前」で降りる。車で行く場合、寺の境内に駐車スペースがある(駐車場入口は、府道137号から大きく左折し旧道に入ってすぐ、寺の門の南)。開門時間は8時〜16時30分、拝観料は大人300円。

清水寺の石仏群

 清水寺の境内に、小さな石仏を集めたスペースがある。明治時代初頭、政府の神仏分離令を受けて民衆のあいだに起こった廃仏毀釈運動で、京都市内でも多くの仏像が打ち捨てられた。そのうちのいくつかが、ここに運び込まれたものらしい6。私は、この廃仏毀釈運動というのが、なんというか、いまだ腑に落ちない。どんな風に考えても、シンパシーを感じられない。多分根が同じようなものであるはずの「自粛警察」なら、まだ心情は理解できるのだけど。いずれにしても、そういう経緯があり、並んでいる石像には、お地蔵さんを含め、いろいろな種類の石仏が含まれている。何も知らない子は、たくさんの「顔石」が並んでいるので、とても喜んでいた。なかでも、一際小さい石像を、「アカチャン、アカチャン」と言って、たいそう気に入っていた。それはもしかしたら水子地蔵なのでは、と思って、なんともいえない気分になったが、よくわからないので放っておいた。一応、形式的ではあるが、手を合わさせておいた。石仏群の前は、寺の関係者の車が通る道なので、子どもを手放しで歩かせておくのは少し心配だ。清水寺の開門は午前6時。料金所の手前にあるので、拝観料はかからない。

清水寺の石仏群

化野念仏寺

 化野念仏寺7(あだしのねんぶつじ)は、先ほど紹介した愛宕念仏寺の手前にあるお寺。公共交通機関で行く場合、京都バス・清滝行き「鳥居前」下車5分。車で行く場合、清滝に向けて府道137号を北上すると、反対車線沿いに有料の駐車場がある。そこへ停車したあと坂道をくだり、府道下のトンネルをくぐってから5分ほど歩く。

化野念仏寺前の旧街道

 化野は古くから葬送の地だったそうで、化野念仏寺では、この地域一帯の無縁仏となったお墓から石塔石仏が収集されて配置されてある。「顔石」を見に行こう、みたいな軽いノリで尋ねるのはいかにも不謹慎で後ろめたいが、とりあえず子を連れて行ってみた。境内の墓地の隣に石像や石仏がぎっしり並んでいる光景は、とにかく凄い。が、訪ねた日はちょうど雪がひどく、ゆっくり拝見する余裕がなかった。子はほっぺたを真っ赤にし、常に鼻水を垂らしていた。拝観時間は大人500円、開門時間は9時〜16時半。

京都市洛西竹林公園

 最後は、洛西ニュータウンの東にある洛西竹林公園8だ。ここの一画に並べられている石仏は、市営地下鉄烏丸線建設の際の発掘調査で旧二条城跡から出土したもの。織田信長が集めさせて、他の石材と一緒に石垣にしたものらしい。(多分)もはや誰からも手を合わせてもらえなくなった石仏が、絶妙な配置で並んでいる。

最寄りの停留所は、市バスの「南福西町(竹林公園前)」。車で行く場合、公園の門のそばにコインパーキングがある。公園は毎週水曜日が休みで、開園時間は9時〜17時。入場料はかからないが、石仏群のあるエリアに行くためには公園内施設の「竹の資料館」を経由する必要があり、入館時に記帳をする。「竹の資料館」では、竹に関するパネル、竹細工、いろんな種類の竹の標本の展示があったり、竹細工の販売があったりして、こちらも結構楽しめる。また、公園内には「こどもの広場」があり、遊具が設置されている。ただし、1歳だと、ここの遊具で遊ぶのはまだ早い。

竹林公園の石像群

  1. この計画に対して、いくつかの市民団体が反対運動をしている。植物園前で署名を集めていた人と話をすると、次の知事選で争点の一つにしたい、と言っていた。興味がある方は、次のchange.orgのページを参照のこと。https://t.co/lhzb2orF5y?amp=1
  2. https://www.sekihoji.com/
  3. 道端良秀『羅漢信仰史』、大東出版社、一九八三年。なお、著者による石峰寺五百羅漢像の評はやや辛口である(というか半分馬鹿にしている)。2000年代の若冲ブームと同時期に青春を過ごした身としては、若冲デザインの羅漢像というだけで「おお、あの若冲の」となるから、本書の書き振り(若冲を「鶏画家の若冲」と紹介している)は逆に新鮮で面白い。
  4. https://www.otagiji.com/
  5. 羅漢像制作時の様子については、現在の寺の住職西村公栄氏のYoutubeチャンネルの次の動画を参照のこと。 https://www.youtube.com/watch?v=IcS3f9V41yM&t=84s
  6. 清水寺HPの次のページを参照のこと。https://www.kiyomizudera.or.jp/read/成就院-維新の足跡
  7. http://www.nenbutsuji.jp/
  8. https://chikurin-park.com

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