フィールドワーク四方山話, ミャンマー

ビーチリゾートに潜入

東南アジアにはその土地柄、美しいビーチリゾートがたくさんある。タイのプーケットなどがその代表であろう。タイのビーチリゾート人気に拍車をかけたのは、レオナルド・ディカプリオ主演の『ザ・ビーチ』(ダニー・ボイル監督、2000年公開)である(私はレオ様信者というわけではないが、この映画のディカプリオの美しさは神がかっていた…ゴクリ)。刺激を求めてバンコクへやってきたアメリカ人青年が「伝説のビーチ」に辿り着いてみると…という青春ヒッピー映画である。ロケ地となったタイ南部マヤ湾ピピ島には映画の影響で観光客が激増し、長らく環境破壊が問題となっていたが、とうとう2018年に閉鎖されてしまった(閉鎖は2021年まで)。

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観光大国タイのビーチのような知名度はないが、ミャンマーにも実はひっそりとビーリゾートがある。ミャンマー西部から南部は広くベンガル湾、アンマダン海に面しており、その海岸線はまぶしく、美しい。静かな海に連なるヤシの木はまさに南国の風景である。しかもインフラが整わず観光規模が小さいので、まだまだきれいな状態で保たれている(今後はそうもいかなくなるだろう)。

有名なビーチリゾートはいずれもミャンマー西部に位置しており、北からガパリ、グエサウン、チャウンター(セレブ度の順でもある)の3つである。唯一ガパリにだけ空港があり、グエサウンとチャウンターはヤンゴンからだと長距離バスで6時間ほどかかる。とくにチャウンターは外国人観光客というよりはミャンマー人が国内旅行で遊びに来るローカルビーチである。(もう一つ、ミャンマー最南端の、川を挟んでタイ側が見えるコータウンも注目株となりつつあるビーチらしい(コータウンについてはいつか西氏が書いてくれるはず)。

チャウンタービーチ

ちなみにガパリという不思議な地名は、英領時代にイタリア人がナポリに似ていることから「ナポリ・ビーチ」と呼んだことに由来する。ガパリはトリップ・アドバイザーの「世界のベストビーチ2016」では世界8位、アジア1位に選ばれるほどの実力者である。

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海辺の村の様子。こんなのどかな光景も地方ならでは。闘鶏は男たちの娯楽である。
闘鶏好きの精霊コーヂーヂョーは男たちのヒーローでもある。

外国人だとバレてはいけない

前置きが長くなってしまった。私は留学中に一度ミャンマー人の友人たちとチャウンターに行く機会があり、以下はそのときのことだ。チャウンターはとにかく素晴らしいビーチで海産物も堪能したのだが、私にとってのチャウンターの思い出は、それらよりもむしろ外国人宿泊不可の宿に、いかに外国人とバレずに泊まり続けることができるか、これに尽きる。

留学中の2010年3月、一番仲良くしていた近所のお姉さん二人と私、という女三人で、チャウンターに行くことになった。二人はほぼ毎年チャウンターに行っており、なかば年中行事のようになっていた。彼女たちの友人女性がチャウンターのコテージでマネージャーをしており、そこならいろいろと目をかけてくれるということだ。

しかし問題はどうやらその宿が外国人宿泊不可の宿らしいということだった。しかも、マネージャーにも私が日本人であることを隠してやり過ごしたいらしい。そこで友人たちは、私について日本人ではなくミャンマー人(ミャンマー国民)という設定、しかしビルマ人ほどは色黒ではないので、比較的色白とされる「シャンタヨウッカービャー(シャン人と中国人(タヨウッ)の混血(カービャー))」という設定で押し通す、ということを提案した(単に「シャンタヨウッ」と言うことが多い)。これなら肌の色だけでなくビルマ語がたどたどしくても不自然ではない、らしい(実際ミャンマー北部には多い)。

さらに、道中もどこで身分チェックが行われるかわからず(稀に長距離バスが止められて乗客の全員ないし一部に対してIDカード提示や身分チェックが行われることがある)、外国人だとわかると面倒なことになりかねないということで、移動中も基本的にシャンタヨウッ設定で押し通すことになった。

私たちは万一のことを考えて、偽名、偽の両親の名前、偽のID番号等々をあらかじめ考案した。さらに自分の親の名前をメモを見ながら言うような馬鹿はいないと言われ、暗唱できるまで繰り返し練習させられた。スパイさながらの養成訓練を受け、チャウンターに臨んだ。といっても何の諜報活動もしないし、呑気にビーチで遊びたいだけなのだが…。

突然のルール変更

結局、道中の乗客チェックもなく、なりすまし訓練の成果を発揮することなく、無事にチャウンターに着いたのだが、問題はここからだった。友人たちは、いくらシャンタヨウッはビルマ語がたどたどしいとは言え、私のビルマ語のたどたどしさに比べたら遥かにマシだと思うようになり、不安になりはじめたようだ。私がしゃべりだせば、シャンタヨウッ設定でさえも怪しまれると思ったらしい。

宿に着くと、友人たちはとんでもないことを言い出した。「パレー(私のビルマ名)がビルマ語を喋るのはあんまりよくない。マネージャーがいるときは、基本的にしゃべらないでほしい。パレーがしゃべっていいのは私たち3人でいるときだけね。ほとんどは私たちだけでいるわけだから、心配いらないわよ。何か聞かれたら、「ホウッケ(はい)」「マホウップー(いいえ)」とだけ答えればいいから」羽を伸ばしに来た旅先で、「ホウッケ」「マホウップー」の二言以外はNGという拷問のようなルールが突然追加されたのである。しかしそうは言っても、マネージャーは基本的に一緒にいるわけではないし、このルールが発動する場面はそうそうないだろうと思って、従うことにした。

しかし、である。最初の晩の夕食時にマネージャーがやってきて、ゆうに数時間は居座り続けたのだ。そして、とにかくこのマネージャーが典型的なビルマ人女性でしゃべりだしたら止まらない。私は友人たちからの言いつけを守り、ほとんどしゃべらないで話を聞くだけにしていた。リスニングの訓練だと割り切ってはいたものの、さすがにだんだん虚しくなってきた。

海岸部なので漁業も盛ん。宿では新鮮な魚介類が堪能できる。

何も知らないマネージャーは始終無言の私に気を利かせて「海、きれいでしょ」などとふり、それに「ホウッケ」とだけ答え、またしばらくして「疲れましたか?」と聞かれて「マホウップー」とだけ答える。それだけ答えてあとはずっと黙りこくっている。マネージャーはすぐに友人たちとの会話に戻る。これではまるで「ホウッケ」と「マホウップー」だけをインプットされて、機械的に反応しているロボットだ。あるいはいっそのこと、「ホウッケ」と「マホウップー」だけを録音して、文脈に合わせて再生したらいいんじゃないかとまで思った。どちらにしても終いには機械が誤作動して停止できなくなり「ホウッケ、マホウップー、ホウッケ、マホウップー…」と一人垂れ流し続けて爆発する、そんな狂った妄想をしてみた。

結局その一晩以外はもう少し自由にしゃべることができたので、今更グチグチ言うのはやめにしようと思うが、当時は、別の宿にすればいいのにとか、お得意の賄賂でなんとかならないのか、などと思ったのはたしかである。

* * *

チャウンター旅行からだいぶ経ってから、マネージャーがヤンゴンで結婚式を挙げるということで、また同じ友人二人と参加した。もう宿の宿泊客ではないので、ビビることなく、実は自分は日本人でーなどと話したところ、チャウンターでも私の様子は異様だったらしく、さすがにビルマ人ではない、それどころかシャンタヨウッでもなく外国人だと感づいていたようだった。私のあの謎のチャレンジは、あまり意味がなかったようだ。

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のどかなチャウンターの風景。ほとんどの人が服のまま海で遊ぶ。水着を着る習慣はない。

参考資料:ミャンマー観光セクター(大和総研)2018年11月12日

(文:山本文子)

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