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ショパンコンクールについて考えたこと

コロナの影響で1年延期となった第18回ショパン国際ピアノコンクールが、10月3日から約3週間にわたって行われた(予備予選は今年7月)。今回のショパンコンクールは有名ピアノ系Youtuberのかてぃんさん(角野隼斗さん)をはじめ日本人も多数出場しており、またアニメ『ピアノの森』の影響もあって、これまでになく話題になったようだ。『ピアノの森』で天才・阿字野の演奏をしていた反田恭平さんが参加し、2位入賞という快挙を成し遂げ、また反田さんの幼馴染で前回のファイナリストの小林愛実さんも今回見事4位入賞を果たした。ちなみに、全員聴いたわけではないが、自分が聴いたなかでは牛田智大さんの演奏が一番心に残っている。とくに一次予選の幻想曲は聴く者の心に訴えかけてくる熱いものがあって、本当に感動した。ぜひ本選でピアノ協奏曲を聴きたかった。ちなみに牛田さんの演奏の素晴らしさについてはプロの方の解説がとても参考になった。

「幻想曲」は12:00ごろから。約13分の大曲。

ショパンコンクールに世相が現れているのが興味深い。たとえば中国人の出場者の多さはその一つである。中国の経済発展のなかでピアノ人口が激増したことが背景にあるようだ。高度成長期の日本で、子供にピアノを習わせる人が一気に増えたのと同じであろう。高級文化の代名詞だった「ピアノ」が大衆化し、多くの親が、自分が叶わなかった夢であるピアノを子供に託した。私の母親はまさにそのタイプだった。残念ながら私には才能がなかったが(でもクラシック音楽に愛着を持てるのはピアノをやっていたおかげだと思う)、そうやって始めた人の中にはものすごい才能を持つ人が一定数含まれている。もちろん自分から進んでピアノを始めた人もいるだろう。

ほかにも芸術を評価することの難しさというのも考えさせられた。「ショパンらしさ」(正統派?)と「演奏家個人の個性」(個性派?)との兼ね合い、というかバランスというか。正統派はあくまで「ショパンを表現」することを主としており(しかし「どうショパンを表現するか」に個性が現れる)、個性派はショパンというよりは「演奏者の自己表現」が前面に出てきているということだろうか。これは私がこの3週間いろいろな記事を読む中で至った(ほぼ受け売りの)理解である。自分の好みとしては、気品あふれる正統派ショパンに惹かれる傾向があるが、一周まわって、一般の聴衆はあまり〇〇派などと細かいことを気にせずに、自分の耳と感覚を信じて、自分が心動かされると思った演奏を純粋に楽しめばよいのでは、という気もしている。

ピアノという楽器

こんな感じで、今回ショパンコンクールをとおして気づかされること、考えさせられることがいくつかあった。その一つは、「ピアノ」という楽器の奥深さである。まずメーカーによってこんなにも音が違うのかということに、今更ながら気づかされた。というか、逆に、それまでピアノのメーカーなんてほとんど気にせずに聴いていたのが恥ずかしくなってきたぐらいである。

今回用意されていたのはスタインウェイ(479と300)、ヤマハCFX、シゲル・カワイ、ファツィオリの5台。スタインウェイ、ヤマハ、カワイについてはもちろん名前は知ってはいたが、ファツィオリは今回はじめて知った。イタリアのメーカーで、世界最高級らしい。ちなみに、今回の優勝者のBruce (Xiaoyu) Liuさん(カナダ)は最初から最後までファツィオリを弾いていた。素人なりにも、聴き続けていると、なんとなくそれぞれの音色の違いがだんだん感じられてくる(目隠しして聴いたらわからなくなりそうだけども…)。参加者は、自分の演奏のタイプ、弾いた時のタッチなどから、どれを弾くかを決める。ラウンドごとで変更も可能のようだ。

ベーゼンドルファーというメーカーもある。全然音色が違うことがわかる。
ジャンルによって向き不向きがありそう。個人の好みも分かれる。

上の動画だとヤマハは一音一音がかなりクリアで、悪く言えばキツイ感じにも聞こえるかもしれない。柔らかみはあまり感じない。ベーゼンドルファーはどこか温かみがある音色である。良い例えかどうかはわからないが、燻製のような音だと思った。スタインウェイはクセがなく、一番聴きやすいと思った。

そして同じメーカーの同じピアノであっても、弾く人によって音色が全然違うことがある、というのも面白かった。これも耳を澄ませていれば、素人でも気づくぐらいである。さっきまでぼやんとした輪郭がない、籠ったような音色(よく言えば丸みを帯びた柔らかい音色)を鳴らしていたかと思えば、同じピアノなのに次の奏者になるとすごくきりっとした音色を鳴らしたりする。弾き方によるのだろうか。たとえば本選(決勝戦)1日目の一人目のKamil Pacholecさん(ポーランド)の音は籠って聴こえたが、同じピアノで弾いた二人目のHao Raoさん(中国)の音はキラキラしていて全然違っていて驚いた。

さらに弾く人による違いだけでなく、会場の湿度なども音色を変化させる重要な要素のようだ。湿度が違えば音の伝わり方も変わる。そのときの会場の湿度についてはもう完全に運としか言いようがないが…。なので、当たり前だが、弾けば自動的に美しい音が出るということはなく、美しい音色の背景には様々な要素が存在していることである。とまあ、まだまだ浅い理解ではあるが、ピアノの音が鳴る原理だったり、内部の構造だったりにも興味がわいてきた。思えばグランドピアノは不思議な形をしている。

メーカー同士の戦い

これだけピアノが重要であるがゆえに、1次予選からどのメーカーのピアノを何人が選択し、そのうち何人が通過したのかをまとめているサイトもある。そんなところに目をつけるのか!と正直、驚いた。自分にはまったくなかった視点だったからだ。今回ヤマハがくしくも2次予選で姿を消してしまったことも話題になっていた。

ピアノメーカーにとっては、コンクールは絶好の宣伝のチャンスであり、またメーカー同士の戦いの場である。ショパンコンクールはYoutubeで全世界に生中継される。しっかりとロゴが映し出されて、自社のピアノを弾く出場者が勝ち上がっていけばいくほど、素晴らしい音を奏でるピアノということになるし、それだけ演奏される時間が長くなり、宣伝の時間も長くなる。

したがって各メーカーは、自社のピアノを選んでくれた出場者にがんばってもらいたい。しっかり調律を行い、最高の音を引き出せるように、調律師は出場者を全力でサポートする。調律師の仕事もとても奥が深いなあと実感した。調律師の方たちへの取材はこの記事が参考になる。あとから知ったが、前回のショパンコンクールが行われた2015年にNHKが「もうひとつのショパンコンクール~ピアノ調律師たちの闘い~」という調律師のドキュメンタリーを放送していたようだ。今年1月にも再放送されている。面白そうな番組なので、なんとかして見たいと思う。

私は今までピアノを弾く人間のほうにばかり目を向けていたが、ピアノそのものがこんなに奥が深いものだということに、今更ではあるが、気づけたのがよかった。素晴らしい音楽は演奏者一人で成り立つわけではなく、素晴らしいピアノの存在、それを可能にする調律師の方たちの存在があって初めて成立するということがわかった。

この三週間、かなりの時間をショパンに費やしてきた(やるべきことが山ほどあるのに…)。改めてその素晴らしい音楽を全力で届けてくれたすべての出場者の方たちに感謝したい。Youtubeには今回の参加者の方々のすべての演奏のアーカイブがあり、さらには過去の優勝者をはじめ様々なピアニストの音源が溢れかえっている。まだまだ私のショパン熱は冷めそうにないが(昨日はずっとブレハッチの優勝時のピアノ協奏曲を聴いていた)、自分の普段の仕事(ショパンとは無関係)の時間を確保しながら日常生活に支障をきたさない程度に楽しみたい。

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